3.温度感

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3.温度感

幾度と無く訪れて、あてどなく歩いているうちに、僕が彷徨わさせられている『エスタージュ』の構造は、趣きが異なる幾多の部屋が不規則に繋げられたものであることが分かってきた。 出発点は図書室とも言い難い、手入れも余り行き届いてもいない部屋であることに毎回変わりは無い。 けれども、その室内を彷徨い歩いているうちに、何時の間にか別の部屋へと通じる出口の前へと辿り着いているのだ。 その出口の先にあるのは白い大理石が敷き詰められた豪奢な部屋であったり、無駄に広くて蛍光灯の明かりも寒々としたアメリカ風の便所であったり、ソファや観葉植物などが並べられたホテルのフロアのような部屋だったりと、その時々によって様々だった。 そして、それらの部屋には幾人かが(たむろ)しているのが常だった。 その殆どは男性で、年齢は三十代から五十代といったところで、日本人と外国人とが相半ばといった具合だった。 彼等が纏っているのは目を引くことも無いような黒や灰色、或いは茶色の服であって、きっちりと背広を着込んでいるような人は少なくて、ラフさを感じさせるような装いであることが多かった。 それぞれが談笑しているような場面に出くわすことなど殆ど無かった。 彼等は椅子に深く腰掛けて何かの本を読み入っているとか、ぼんやりとした眼差しを宙に彷徨わせているとか、何かを探し求めるかのように所在無く歩き回っていることが常だった。 精気や目的意識などといったものは彼等の佇まいから感じられず、纏う存在感や温度感にしてもても部屋に置かれている書架や調度品などと然程変わらぬものだった。 彼等から話し掛けてくることなど全く無くて、僕の方から話し掛けようと思うことも殆ど無かった。 『殆ど』というのは稀だけれども見知った顔を見掛けることがあって、その時は二言三言くらいだけれども言葉を交していたのだ。
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