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『道を教えてあげるから、外に出るまであなたの話を聞かせて』
歩きだす直前、彼女は僕にそう言った。けど、体は痛いし、道は歩きにくくて疲れるし、話題を探している暇がない。実際、よろよろ進むので精一杯だ。
一面の銀世界は、方向感覚を狂わせる。彼女が本当に山を出ようとしているのか、それすら分からなくなった。まぁ、出られなくても困らないけどーー。
本音を言えば、帰宅に迷いを感じている。けれど、親切心を退けるのも悪いだろう。いや、違うか。言葉を否定する勇気がないだけか。
目が霞み、何度も転んだ。けれど、赤いワンピースはホワイトアウトするたび目印になった。
「服なくなっちゃったの? 手袋だけで寒くない?」
「…………え、えっと、あんまり……かな」
「あ、食べ物は何が好きなの? トマト?」
状態を知ってか知らずか、少女は背を向けたまま話を振ってくる。口調や内容の軽さに驚きつつ、回答の難しさに何度もつまった。
ヒラヒラとワンピースが揺らめく。軽やかな足取りは、やっぱり人間のものじゃない。
「……ト、トマトは……多分好きだと思う。少なくとも昔は凄く好きだったよ」
「そう。じゃあ、最近楽しいことはあった? 小学生なら……運動会とか?」
質問に、またしても心が曇った。答えを探そうにも見つかる気がしない。だから、全く違う部分を掻い摘むことにした。
「……僕は中学生だよ。体は小さいけど」
「あっ、ごめん。時間って早いね。中学生だと勉強難しいでしょ」
違和感のある反応に疑問を浮かべつつも、台詞を解体する気にはなれない。返事だけを考えることでいっぱいだ。
「…………学校、行ってないんだ」
「……そう。じゃあ今日はどうしてここに?」
優しさからか、面倒臭さからか。少女はすっぱりと話を切り替える。けれど、新たな問いにも答えにくさを感じた。いや、僕が早口になれる質問なんかないのかもしれない。
「……お、お父さんとお母さんが遊びに行こうって……」
「そう、よく色々なところへ行くの?」
またも心に棘が食い込む。半端な嘘じゃなく、思いっきり赤い嘘をつけばよかった。
「ううん、あんまり…………二人とも忙しいから」
段々悲しくなってきて、ついには涙が目尻に浮かぶ。涙は一瞬だけ温かかった。
「な、泣かないで! 泣かせようと思ったわけじゃないの!」
察知したのか、少女が振り向いて僕に駆け寄る。伸びてきた手が背中に行った気がしたが、感覚はなかった。ただ、錯覚でも僕には十分慰めとなった。
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