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 数日後、泣き暮らすばかりになったアデルを、エリックは無理やり連れだした。  官邸を出た車は瓦礫の中を通り抜け、街の反対側へ出た。正面にあらわれた小高い丘に、アデルは思わず目を見開く。  丘の斜面に無数の花が、太陽の光を浴びながら力強く咲き乱れている。赤、青、黄、紫……色とりどりの花の一つひとつが、荒廃した大地に灯る小さな希望の光のように……。 「あの花は全部、両親を失った子どもたちが手入れしている」  エリックの言葉に、アデルは息を呑む。丘の上には瓦礫を組み合わせただけのバラックがある。 「じゃあ、あの建物は孤児院?」  エリックは黙ってうなずいた。花畑の中に孤児たちの姿が見える。無邪気に駆け回る幼な子や、黙々と雑草を摘み取る少年少女たち。  丘のふもとで車は止まった。車を降りたアデルを、花の香りが包み込む。綺麗……アデルは喉がかすれ、そうつぶやくこともできなかった。  少女が一人、近づいてくる。一五、六才だろうか。 「はじめまして、アデル・リンドベリ。わたしの夜鶯(ナイチンゲール)」  自分のことを知っているなんて、驚くアデルに、少女は「私もピアノを弾いていたから」と答えた。アデルの胸に痛みが走る。しかし、少女は輝く瞳でアデルを見上げる。 「私、いつかまたピアノを弾くの。大好きだから」  何かが、アデルの胸を吹き抜けた。  孤児の少女が見せる笑顔。その下にどれほど深い悲しみを隠しているのか。  それでも前へ、取り戻せない過去を抱えたまま進むしかない。  人は、未来をより良くするために生きるしかない。  壊れてしまった大切なものは、自分の手でまた作り上げるしかないのだ……。  アデルの胸の中に、焦がれ続けたアルカディアの抜けるような青空が広がった。
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