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アデルが気持ちをすべて吐き出せるよう、ソフィアは静かに耳を傾けている。
「あの焼け跡の中に大勢の人が残されていた。それなのに私は……、そんな私が……アルカディアのために何が出来るっていうの」
「あなたにできることをするのよ、アデル。あなたはピアニストでしょう」
アデルは部屋の中央に置かれたピアノに顔を向ける。一〇年の歳月が過ぎても、恐怖と罪悪感はその指先にこびりついたまま拭われていない。
エリックの手紙には、アルカディアの復興のためにコンサートを開きたい、そこで演奏してアルカディアの人たちを勇気づけてほしい、とあった。
そんな資格が自分にあると思えない。
それでも、ピアノに触れると、微かにだが、アルカディアの風がよみがえるような気がした。懐かしい街並み。抜けるような青空。自分の演奏に集まったアルカディアの人たち。あの日々……。
「あなたは〝アルカディアの夜鶯〟と謳われた天才ピアニストでしょう」
アデルの凍てついた心に、ソフィアはいつも小さな温かさを灯していく。
「あなたの音楽が傷ついたアルカディアを癒す。それは素晴らしいことよ。あなたにしかできないことだわ、アデル」
「本当に、私にそんなことができるのかしら」
ソフィアはアデルの手を強く握った。
「アデル・リンドベリ、あなたの音楽を待っている人たちがいる。その人たちから目を背けないで」
その夜、アデルは手紙の返事を書いた。
「コンサートに出るとは約束できない。それでもアルカディアへ帰ろうと思う」
アデルは一〇年ぶりに故郷アルカディアへ帰ることを決めた。
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