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 大陸鉄道を乗り継ぎ、アデルはアルカディアとの国境の町に降り立った。  ゲートのあちら側ではアルカディアを出ようとする人が列を成している。入国しようとするのはアデルひとりだった。  ここからは長距離バスを使って首都まで、そう思っていたアデルの元へ男性が近づいてきた。 「おかえり、アデル。君が帰ってきてくれて本当に嬉しい」 「エリック!?」  一〇年ぶりでも一目でわかった。かつての音楽仲間であり、いまはアルカディアの新大統領となったエリック。それが護衛の一人もなく、自らの運転でアデルを迎えに来ていた。  首都へ向け、ハンドルを握るエリックの横顔を、アデルはまじまじと見る。彼の青い瞳は、少年の頃と同じ輝きがある。一〇年の歳月を経ても、かつて音楽を語り合ったあの頃の優しさをたたえている。まるで、あの日に戻ったようだ。 「変わっていないのね、エリック」 「そんなことないさ」 「ううん、変わってない。ひと目で、あなただってわかったもの」  窓の外にはアルカディアの大自然が広がっている。抜けるような青空も、あの頃のままだ。変わらないアルカディア。愛しの祖国。  しかし、それも長くは続かなかった。首都が近づくにつれ、破壊の跡が増えていく。緑豊かだった大地は焦土と化し、美しかった街並みは瓦礫となって現れた。 「……これが、アルカディアなの」  絞り出すような声に、エリックは静かにうなずいた。 「それでも、ここはアルカディアだ。私たちの祖国だ」  変わり果てた故郷の姿に、言葉を失うアデル。その様子をチラリと見て「君だって多くのことを経験したはずだ」とエリックは言った。 「変わっていないはずがないんだ、街も、私も」  その言葉は、アデルに現実を突きつけた。一〇年の空白が確かに存在することを、変わらない物を懸命に探そうとしていたことを、アデルは認めなければならなかった。
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