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 車は大統領官邸に到着した。  案内された小さな部屋に、一台のピアノが据えてある。コンサートまで、ここで生活し、練習すればいいと、エリックは言った。 「私、コンサートに出るとは……」 「わかってる。それでいい。きみに、ここにいて欲しいんだ」  エリックは「もうひとつ、驚かせたいことがある」と悪戯っぽく笑った。部屋の反対側の扉が開いた瞬間、アデルは息を飲む。  そこには、かつて共に音楽を学んだ仲間たちの姿。マルコ、クラリア、シルフィス――懐かしい顔ぶれに思わず駆け寄り、再会を喜び合おうとしたアデルだったが、しかし彼らの表情はどこか暗く、戦争の傷跡が深く刻み込まれているのが見て取れた。 「みんな……元気そうでよかった」  改めて戦争の残酷さを突き付けられ、アデルはそう言葉をかけるのが精一杯だった。沈黙が流れる中、マルコが重々しく口を開いた。 「アデル、一〇年前、君が国を捨てて出て行ってから、僕たちは……」  そこで言葉を詰まらせる。いったい、どんな日々を送ってきたのだろうか。国に残ることを選んだ彼らと、亡命を選んだ自分。一〇年前のひとつの選択は、それぞれの人生をどれほど大きく変えてしまったのか。 「……ごめんなさい」  絞り出すように謝罪したアデルに、 「違うんだ、アデル。君を責めようっていうんじゃない」 マルコは慌てたように言った。 「僕たちはあの時、それぞれの決断をしたんだ。それがどういうものであったか、ただ知ってほしかったんだ。そして、いま君は帰ってきてくれた。そのことを、心から嬉しく思っている」  仲間たちはうなずき合い、アデルを取り囲む。口々にアデルの名を呼ぶ。アデルの胸に熱いものがこみ上げてくる。彼らの存在が、アデルの心を縛り付けてきた罪悪感を少しずつ溶かしていくようだった。
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