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 翌日、アデルは街を歩いた。アルカディアの現状をこの目で確かめずにはいられなかった。  戦いの傷跡がいたる所に残っている。瓦礫を片付ける市民の姿、路上で物を売る者たち。変わり果てた街の中で、住民はみなどこかしら傷つき、光を失った目で自動人形のように黙々と動いている。  この人たちの前でピアノを弾くことに、何の意味があるというのか。  見えない力が、アデルの体にのしかかる。私が演奏したところで、復興は1ミリも進みはしない。  さまよい歩くアデルに、道端から中年女性が声をかけてきた。 「あんた、なにしょぼくれた顔してんだい」  目を向けると粗末な屋台の奥から力のこもった目が向いていた。 「ちゃんと食ってんのかい。腹減ってると力が出ないよ」  屋台の傾いた棚には 〝サンドウィッチ 74.99レミル〟 と出ている。  なんだ、売りつけるのに丁度いいと思われたのか。こんなときに、なんてがめつい――そう思ったアデルを見て、屋台の女主人は少し眉根をひそめた。 「あんた、どこかで見たような顔だね」  アデルは顔を背けながら「気のせいですよ」と答えた。 「まあ、いいや。どうだい、買っていきなよ」  カモに見られている、そう感じたアデルは不機嫌につぶやいた。 「こんなときまで金儲けだなんて」  女主人は束の間、訝し気な表情を浮かべたあと、「ああ、」と合点のいったという顔になった。 「日銭を稼ぐのはどうしたって必要さ。でもね、それは目的じゃないよ」
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