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一度目のプロポーズ
夜の帳が静かに幕を開けていく。陽が少しずつ登り始めると、山々の稜線が萌えるような朱色に染まった。
視界が開けてくる。
目の前には白い雲が湧き上がり広がっていく。
一面の白。
やがてそれはざぶんざぶんと押し寄せる波のようにダイナミックに幾重にも連なって迫ってきた。
「白い海!」
俺の隣で波留が叫んだ。
朱色を纏った陽は顔を完全に出すと、白い海を染め上げていった。
「朱い海だ!」
波留が震える声で叫んだ。
頬が赤く染まっている。
まるで収穫したての林檎みたいだなと俺は思った。
それも、瑞々しいけどまだ少し早めの青さが残っているような。そんな林檎。
波留はけっして煌びやかではないけれど素朴な自然な美しさを感じられる人。
あぁ、今プロポーズしよう。俺はこのもぎたて林檎を離したくない。
なぜか身体が震えてきた。武者震いというやつか。
こういう時はなんていうんだっけ……。
どくんどくんと心臓の音が身体中に響き渡って、顔が強張ってくるのがわかる。
「波留……」
俺の声が掠れている。
「うん?」
もぎたて林檎がいつもと様子の違う俺を不思議そうに見つめる。
言葉が……言葉が出てこない。言いたい……伝えたいのに、俺の想いを。
ああ、もう、とにかく……とにかく言おう。うん、今の気持ちを──。
俺はふーーと息を吐いた。
「波留」
「はい」
波留も何かを感じとったみたいで真剣な表情になった。
「これからも、ずっと、ずっと、よろしく」
そんな途切れ途切れの言葉が出た。
俺は波留の手を取り優しく握った。
その手を波留はぎゅっと握り返してきた。
プロポーズともいえないプロポーズの言葉だった。
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