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それから半年が過ぎた。
夕食後、二人で寛いでいた。
「なぁ、波留。雲海を観に行くか?」
俺の言葉に波留は黙って頷いた。
「明後日の土曜日にしよう。予報では金曜日の夜は雨だ。土曜日の朝は晴天になっている。雲海が観れるチャンスだ」
「うん!」
波留の瞳がきらきらしている。
「無理はしない。近くの山だ。低い山だ。ここから車だったら山頂まで三十分もあれば行ける」
「そんなに近くで観れるなんて」
「あの山じゃなくていいか? 身体のことを考えたんだが、約束を守ったことにはならないよな……もう少し波留の調子がよくなったら、必ず約束を果たす。あの山に……」
「うん、うん。いいの、いいの。アキちゃん、心です。あの高い山はほんと素晴らしかったけど、それはアキちゃんと見たからなの。低い山でもアキちゃんと二人ならそれがいいの」
まいったな。波留はストレートで、俺の心をまたしても射止めてくれる。
波留はもういそいそと支度を始める。
「何も今しなくてもいいのに」と言いつつもそんな波留が愛おしい。
まるで冬山を登山するかのように、服も杖となるトレッキングポールも手袋のグローブも用意しておいた。普通の人のように軽装備じゃ波留の身体が不安だったから。
俺はそれを車から持ってきて波留に見せた。
「波留。ほら、準備してあるよ」と言うと、
「うわぉ!」と言って波留が抱きついてきた。
「波留、最高、か?」
波留はふふっと笑った。
ずいぶん調べた。近くで雲海が観れるところを。
盆地で雨降りの次の日がチャンスだ。川もあって霧が発生しやすい所だ。きっと見える。密かに下見もしてある。
「明け方に家を出て間に合うだろう。もう秋だし寒いと思うけど」
「大丈夫。ねえ、結婚する前に行ったときも秋だったねぇ」
そうだなぁ。波留、二人で初めて雲海を見た日に俺は波留にプロポーズをした。きっと雲海も結婚も偶然のようであって偶然じゃない。不思議な巡り合わせだな。
波留、俺はそこで伝えたい言葉があるんだ。
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