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二度目のプロポーズ──最愛の人へ
駐車場に着くと山頂の展望台に向かう。道も整備されていてさらにその先は、土の上に造られた擬木製階段がゆるやかに山頂まで続く。僅か三分ほどの距離だ。子どもでも歩ける場所とはいうが、まだ暗い。
波留はトレッキングポールを両方の手にしっかりと握りしめて、一段もう一段と登っていく。俺は波留のすぐ後ろで見守って歩く。
展望台に着いた。
すぐにリュクから、寒さから守るためのビバークシートを波留の身体に巻きつけてから、下見に来た時に確認して置いたベンチに波留を座らせた。
少しずつ辺りが白み始めると、目の前にゆっくりと霧が浮かび上がってきた。
眼下の川も家も山林もすべてが流れてくる霧に包まれていく。
「白い霧の海だ」
波留が静かに震える声で言った。
「穏やかな雲海だね」
なあ波留。あの二十五年前に観た、迫りくるような荒々しい雲海とは違って穏やかな白い海だ。
俺たちのこれからは、できることならゆっくりと穏やかに生きていきたいものだな。
それでも運命ってやつはこれからも俺たちに襲いかかってくることがあるかもしれない。
その時目の前が真っ暗になるかもしれない。
だけどさっきここまで登ったように、一歩ずつ一歩ずつ一緒に歩いて行こう。
今までもそうだったな。
俺たち一歩ずつ山を越えてきたんだな。ひとつ山を越えてほっとしたと思ったらまた山があって、その山を越えたと思ったらまた山があって、そうやっていつだって俺たちは乗り越えてきた。
もう道はないと思ったって、歩みを止めずに歩いていけばどんな時だって、きっと道はあるさ。
俺は波留に伝えたい言葉があるんだ。
「波留」
「うん?」
「波留、プロポーズをしたときは緊張してきちんと言えなかった。だから、俺にもう一度プロポーズをさせてくれ。伝えたい言葉があるんだ」
波留が驚いた顔で俺を見た。
「はい」
波留の声が冷たい空気のなかに響いた。
俺は波留の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「波留、俺と結婚してくれてありがとう。これからも末永く一緒にいてください。俺のプロポーズを受けてもらえますか?」
波留の肩が波打つように震えた。
俺は言葉を続けた。
「これからも、ずっと、ずっと、よろしく」
二十五年前と同じ言葉をゆっくりと、もっともっと、深い愛を込めて。
波留の手を優しく握った。
「はい」と言って、波留が俺の手をぎゅっと握り返した。
その頬に、すーと雫が伝っていく。俺はその雫を優しく指で拭った。
「秋ちゃん……」
「うん?」
「ありがとう」
まるで時が止まったようにしんとして、静かに時間が流れていく。
これからも波留と俺との時間は流れていく。
《了》
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