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あなたを責任を持って一生私が面倒をみます
今日この山に来たのは、偶然書店で手に取った旅行誌の一ページに、この山の写真があったからだ。
雲海が呑み込むような迫力で俺に迫ってきた。目を奪われた。ここに行って恋人の波留に見せてあげたいと思った。
調べてみると車で二時間半くらいの距離だ。山といっても山頂近くまで車で行ける。そこから山頂まで少し急な斜面を十分程度歩くけど、大人なら歩ける所だと書いてある。
波留にその雑誌を見せると、
「生まれたての雲を観たい!」と言う。うん、そうだね、雲も生きてるんだね。なんて俺も言いながら、二人で雲海が見える時期などを調べて十一月のこの日、夜明けに間に合うように家を出てきた。
雲海が消えるまで寒いなかを俺たちはただ黙って飽くこともなくその景色を眺めていた。
駐車場に戻ったときには、身体が芯から冷えていた。
ここで休憩して家に帰ることにする。
車に乗り込んでシートに座ると、波留は手と手をこすり合わせている。地上の冬支度しかしてこなかった俺たちにとって、山頂は想像以上に寒かった。
「波留、寒かったろう」
「ううん。大丈夫」と言いながらポットに入れたお茶をカップに注ぐと、俺に手渡してくれた。
「雲海を観れてよかった! 秋ちゃん、また連れてきてね」
「うん。また来よう。約束する」
そう言って温かいお茶を啜ると、ほっと人心地付いた。冷え切った身体が温まる。
だけどもう少し俺は温まりたい。
「あのさ、波留。プロポーズの返事をちゃんと言葉にして聞かせてくれよ」
「えーーー、だって、秋ちゃんだって、ちゃんと言えてなかったよ」
「俺はあれで精一杯だ」
「しょうがないなあ、もう。我儘なんだから。まっ、忙しいなかをここまで連れて来てくれたご褒美を秋ちゃんにあげましょう」
波留は少し考えていたがいい考えが浮かんだようで、にんまりと悪戯っ子の顔をして、
「あなたを責任を持って一生私が面倒をみます」
波留は、どうだ、という顔をしている。
「うん、悪くない」
悪くないどころか上から目線の言葉でも、俺にとっては最高だ。俺の無骨なプロポーズも、ちゃんと汲み取ってくれたし。ありがとう、波留さま、感謝です。おかげさまで心まで温もりました。
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