波留の想い

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波留の想い

 その日面会に行くと波留は改たまった態度で話し出した。長い言葉も波留は話せるようになっていた。 「秋人さん」  秋人さんと改まる時はあまり俺にとって良くない話の時だ。  子どもたちの前ではお父さん。二人の時は秋人。嬉しいときは秋ちゃんだ。分かりやすいが。  俺は覚悟を決めてベッドの横の椅子に座る。 「秋人さん……離婚してください──。もう以前のようには身体を動かすこともできないと思う。脚も引きずったままだし。子どもたちのことは、二人とももう巣立ったので心配しなくてもいいと思うの。一緒にいたら面倒をかけてしまう……」  俺はびっくりした。 「馬鹿なことをいうな。二度とそんなこと、言わないでくれ。……頼む……」  胸がいっぱいになって声が途切れてしまった。  俺は心を決めていた。波留と暮らして行けるなら何もいらないと。  波留が倒れてから会社もずいぶん休んだ。この先も残業はしない。会社からいつ肩叩きをされるか、もう時間の問題だ。  そうなったら波留との時間がいっぱい取れる会社に勤めればいい。退職金で波留が動きやすい家にリフォームできる。俺にとって眼前の波留以上に大切なものはない。 「身体が不自由だからといって、波留に違いはあるのか? 波留の心は変わっちまったのか? 二人でいられるだけでいいじゃないか。生きてさえいればいいんだよ。それじゃあ駄目か?」  波留の瞳が揺れて潤む。 「仕事ばかりで今までできなかったことを俺にやらせてくれよ」  波留は声を震わせて、 「あんまり面倒見れないよ。それどころか面倒かけちゃうんだよ。それでいいの?」 「望むところだ。波留、いてくれるだけで俺は幸せだ」 「アキちゃん……今までで……今までで……」 そこで声が途切れた。 「何だよ。今までって」 「今までで、最高に感動した。最高だよ秋ちゃん!」  先ほどまでとは打って変わって、大きな瞳を輝かせて言う。 「最高、か?」  病室の人たちが帰ってきた。  波留は他の人の目も(はばか)らずに、俺の両手を握って「秋ちゃん最高!」を繰り返す。  照れるじゃないか、やめてくれ波留。だけどなんだか嬉しい。だからとりあえず、 「ありがとう、波留」  波留、これからもよろしく、な。  だけどな……波留。そんなに俺はひどかったか? 今までで最高ってことは、俺はもっと努力しないと駄目だってこと、だな。ふむ、嬉しいけどちょっと複雑な気持だぞ。  
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