夫婦の形

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夫婦の形

 波留が退院した。 「七ヶ月振りの我が家だ!」  玄関を入るなりそう言って、波留は上がり(がまち)の横の壁に取り付けた木製の手すりを掴んだ。  波留が使いやすいように素材を選び、高さも調整した手すりだ。  波留は感触を確かめるように撫でながら、 「いい手触り。秋ちゃん、ありがとう。秋ちゃんみたいだ。しっかりしていて頼りになるなぁ」  嬉しそうに言う。   俺は顔が(ほころ)ぶのを必死で抑えた。  翌朝、早めに起きると波留はもう台所に立って食事の支度をしている。ご飯の炊けるいい匂いがする。 「波留、俺が作るから」 「大丈夫、これくらい。リハビリにもなるから。させてちょうだい」  俺は顔を洗って、ダイニングチェアに腰かけた。波留はなんだか手間取っているようだった。 「ごめんなさい。どうも思うように動けなくて。味噌汁しか作れなかった」と済まなそうに言う。 「充分だよ。ありがとう」と言っても、波留は情けなさそうな顔をしている。 「ゆっくりいこう。これからまた、俺たち二人の夫婦の形をゆっくり作っていけばいい。どっちがご飯の支度をするかなんて、俺にとっては些細(ささい)なことだ」  そう言ってからまだ言い足りない気がした。 「波留がいてくれるだけでいい」  付け足した。が、朝からいう言葉じゃないな。出勤前だぞ。俺は少し顔を赤らめたかもしれない。 「うん」  波留は顔をくしゃっとさせたと思ったら両手で顔を覆って、 「やだ、朝から感動させないでよ」 「すまん」  波留が覆っていた両手を外すと頬を涙が伝っている。  俺の瞳を真っ直ぐに見つめて、 「ありがとう」と言う。  なんか胸がじーんとした。不覚にも涙が出そうになる。 「おっと。急がないと遅刻だ」  俺はかきこむようにしてご飯を食べた。  なんだか白米の甘さが胸にしみるな。
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