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お世辞にもキレイな身体じゃないけれど、それでも心だけは汚さないと思っていたのに、こんなやつに汚されてしまった。それが悔しくて、オレはそいつの胸を思い切り叩く。だけどやっぱりオレを捉える腕は緩まず、そいつを叩く事は出来なかった。それがまたイラつく。
「離せよ」
「いやだ」
また繰り返される、先程のやり取り。
本当にもう、なんなんだよ。
もう疲れた。
元々身体は疲れ切っていてしんどかったのに、また無駄に力を使ってしまった。その上気力も萎え、オレは抵抗をやめてそのまま目をつぶった。そのオレの耳に、そいつがボソリと呟いた。
「嫁はいない」
え?
再び落ちた意識を戻される。
「別れた。もうとっくの昔に。1年ももたなかったよ」
その言葉に、オレは目を開けてそいつを見上げる。するとそいつと目が合った。
「お前の言う通り、オレは身勝手に告白してお前への思いを終わらせようと思ったんだ。だからその後お前を忘れるために別の人と付き合って、それで結婚した」
学生時代から付き合ってた人だ。
「好きだったよ。ずっと一緒にいられたし、夜だって普通にできた。だけどさ、子供が欲しいって言われて・・・」
そりゃ結婚したら子供は作るだろう。だけどそいつはそこで言葉を切ると、眉間に皺を寄せる。
「無理だったんだ。なんでか分からないけど、子供って言われたら無理って思った。それでそれを正直に彼女に言ったら、離婚しよう、て」
なんで子供は無理なのか。
彼女のことは好きだったって言ってたのに。
「それ言われてオレ、なんとも思わなかったんだ。彼女からしたら、きっと引き止めてもらいたかったんだと思うんだけど、その時のオレはそんなことにも気が回らなくて、そのまま別れた」
普通で考えたら好きだから結婚したわけで、だからその人との子供を望むのは当たり前で、こいつの彼女は何も間違っていない。なのになんで、こいつはそれが無理だったのか。
「結婚生活は1年持たなかったけど、付き合いは長くてさ。なのに別れてもなんとも思わなかった。そりゃずっと一緒にいたから一人で寂しいってのはあったけど、だからって会いたくて会いたくて、どうしようもなくなるなんてことも無くて、本当に普通に日々が過ぎていった。自分でもやけにあっさりしてるな、とは思ったよ」
嫌いで別れたわけじゃないんだから、未練は残るのが普通だ。たとえ納得して別れたとしても、相手への思いは消えたわけじゃないんだから。なのに何も思わかなった?
「その時思い出したんだ。お前と別れた時のこと」
別れたって言うか、一方的な言い逃げな。
「お前にもう会えないと思っただけで胸が潰れるくらい痛くて、辛くて、涙が出た。何をしても、どこに行ってもお前のことを思い出して苦しかった」
オレは解決できないドツボにはまったけどな。
「それで思ったんだ。オレが好きなのはお前だって」
今まで黙ってそいつの話を聞いていたオレは、そこで引っかかる?
ん?
「彼女と付き合って結婚しても、正直お前のことは忘れられなかった。ずっとお前のことを思ってたんだ。だけど付き合ったからには彼女のことを見ないといけないと思って、それを必死に抑えてきたけど、離婚したらもうそんな事しなくてもいいだろ?」
だろ?てこっちに同意を求めてくるけど、ちょっと待て、根本がおかしくないか?
「彼女のことが好きだったんだろ?」
だから結婚したのに、なんで彼女を見ないといけないとか必死に抑えてきたとか、しまいには離婚したからもうそんな事しなくていいだと?こいつは一体、何を言ってんだ。
訳が分からないとそいつを見ると、そいつは神妙な面持ちで小さく息を吐いた。
「好きだった・・・と思ってたんだ。けど・・・」
けど?
「違ってた」
は?
「彼女に告白されて、嫌じゃなかった。だから付き合って結婚したいと言われてもなんの疑問も持たずにその通りにしたんだ。だって本当に嫌じゃなかったから。だから好きだと思った。オレは彼女が好きなんだって」
そう言うそいつの言葉に、オレはどきっとする。
『嫌じゃないから好き』
それは以前、オレも思っていたことだ。
プロポーズした彼女に振られ、ヤケになって初めて男と寝た時のオレの心の葛藤。
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