Case6. 呼び出し

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Case6. 呼び出し

アヤシの対応は政府直属の機関が行うものである。  その機関がまとまって存在している場所が、東京駅から徒歩十分程に位置する8階建てのビルだ。ヤツデと菊をモチーフにした紋を掲げ、入り口の自動ドアには五芒星が描かれている。その入り口前を塞ぐかたちで、紬は互いに手を前に差し出し譲り合っていた。  そのやり取りで折れたのは、日差しの強さに勝てなかったあかねである。  げんなりと顔を歪め、嫌そうにため息をつきながらビルの中に足を踏み入れる。  調停人となった者は、左胸と背中に調停人の紋を身に着けている。それは、魔除けと言われてはいるが、アヤシに対しての警告だという説もある。その他の機関でも、何かしらの印があるとの話だ。調停人になればそういった事も明かされると聞いてはいるが、何も所持していない紬達は言いようのない居心地の悪さを感じてしまっていた。  臆されている自身に気合をいれるために背筋を伸ばし、顔をしっかりと上げる。  すれ違う人々が、ちらりと視線を向けていることには気づいていた。だが、なにも気にしていない体を装い、2人は無言で受付に向かって歩いていく。  「憂鬱だわ。なんで本部に呼び出されなければならないの」  「いやー、それはつーちゃんが春夏秋冬主催に連絡したからでない?」  調停人をはじめ、対アヤシには様々な組織がある。  それぞれの組織に仕事を割り振り、担当を決めるのも機関が行っている。  特に最初に関わることが多い調停人から、別組織に割り振りなおすことが主な業務であった。  「おはようございます」  総合受付では、爽やかな笑顔で受付嬢が対応している。  受付にいるものは機関に所属はしているが、調停人やその他の組織とは異なりアヤシに直接関わることはない。そのためか、紋付の服は着ておらず、胸に小さな守り石のついたブローチのみ身に着けている。  「秋山と申します。春夏秋冬主査とお約束をしておりまして……」  その言葉に、一瞬目を丸くした受付嬢ではあったが、満面の笑みを浮かべて口を開いた。  「アヤシに接触して取り込まれかけた件についてですね! 地下2階。大会議室4番です! 調停人見習い2名、地下に向かいまーす!」  大声で言わないでほしい。  そう言い返すこともできず、2人は肩を落として地下へ向かった。  「失礼します! 春夏秋冬紬、神代あかね。両名入ります!」  「いやー、ごめんねー」  謝罪は誠意が大切だと気合をいれた紬と対照的に、あかねは軽く笑いながら入室した。  その声に、室内にいた数名が話を止めて顔を上げる。  「問題児のお出ましかい?」  愉快そうに唇をつり上げ、目を細めたのは一番奥の席に座る女性。  座っているため正確にはわからないが、身長は2メートル近くあるだろう。白髪を結い、左の頬には斜めに引き連れた古傷。右胸には菊と剣の紋。対アヤシの中でも、討伐に特化した雨宿という組織の人間だということが身に着けている紋ですぐにわかった。  緊張した面持ちで固まってしまった紬の肩を叩き、あかねはふわりとほころぶような笑みを浮かべた。  「調停人の研修案件に、雨宿の副長がお出ましとは。随分暇をもてあましているようじゃのぅ」  見る者を魅了する笑みと場を支配するような声が響く。名付のアヤシであることを思い出させるかのような圧を放ちながら、用意された末席にゆるりと腰を下ろす。  「も、申し訳ありませんでした! 伊弉諾様からは動きの指示がありました。それを無視して単独で現場の下見に向かったのは私です! ご迷惑をおかけすることになり、本当に申し訳ありませんでした!」  そんなあかねと、部屋にいる面々を見比べたあと、紬は勢いよく頭を下げて声を張る。  そうでもしないと、圧に圧をぶつけて互いを牽制し合う空気に耐えられなかったのだ。被害者がいたことをわかっていながら、なにもできずに逃げたことも、謝罪には含んでいる。調停人以外にも、対アヤシの組織があることを忘れていたことも、だ。  言い訳したいところとではあったが、言い訳せず大げさに謝罪を繰り返す。そうして、謝罪しながら徐々に手を床につきそうな程身を屈める紬に、慌てたような素振りで成り行きを見守っていた青年が声をかけてきた。  「まぁまぁ、その辺で……匣そのものにアヤシの力が働いているとわかったわけですし」  青年は間に入る役なのだろう。その言葉をうけて、あかねは小さく息を吐き、全身からみなぎらせていた圧を解く。副長と言われた女性は、青年の言葉にため息をついた。  「まだなにも言っていないがね。……まぁいい。座りなさい」  その言葉を受けて紬は慌ててあかねの隣に腰をかける。少しだけ先ほどよりは呼吸がしやすいと感じて、ほっと息を吐いた。  「こちらも呼び出すつもりはなかったのだけれどね。調停人案件に口を出すつもりはないし。ましてや研修生の案件だ。説教があっても本来は調停人主査の仕事だよ。だが、匣が視認され、その匣が行方不明届の出されていた人であるとわかった以上、君たちから事情を聞かなければならないのでね」  「……行方不明者」  曖昧な匣の特徴を報告しただけで、それが誰か特定するなど可能なのか。  そういいたくなったがぐっと堪える。資格を剥奪すると言われてもおかしくはない。単独で動かない。という研修生に課せられた縛りを破っていたのは紬だ。軽い下見が単独の調査に抵触するということはわかっていたのだから。  「調停困難である可能性の高い事案が紛れ込んだという不手際がこちらにはある。よって、処分は見送りとなっているので安心するといい」  「……では、私たちが呼ばれた理由と言うのは単なる聴取ということでしょうか?」  その疑問には、青年が答えた。  「君達からより詳しく話を聞き、調停人案件から雨宿案件に切り替えるべきかを論じるためだよ」  その言葉にぴくりと眉を動かしたあかねを見て、あかねから聞いた話を頭の中で反芻した紬は意を決して頭を下げながら口を開いた。  「この件、無理を承知でお願いしたいことがあります。匣を作り出すアヤシが本当に危険なのか。それをもう少しだけ、確かめさせていただけないでしょうか? 2度と、勝手は致しません。調停人として、見極めたいのです。どうか、どうか、お願いできませんか?」  その言葉に、あかねを含む室内にいた者たちは目を見開いて顔を見合わせた。
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