山爺

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「オマエ、イマ、モノスゴクコマッテイルナ?」 またしても異人が、私の心を読んでどこか楽しそうに呟く。 ……マズイ。万事休すだ。異人が言う通り、これでは打つ手がない……一か八か逃げてみるか? だが、下手な動きをすれば、逆に刺激して事態を悪化させてしまうかもしれない……最早、この異人の気まぐれに運命を托すしかないのか……。 「オマエ、ニゲルノヲアキラメタナ?」  ご親切にも私の心の内を代弁して、異人がニヤリと不気味な笑みを浮かべながら、またもしわがれ声で呟いたその時。  ピィィィィー…! と甲高い笛のような音が山中に鳴り響き、火にかけていたポットが吹きこぼれた。  インスタントラーメンを作るろうと、たっぷり満杯に水を足しておいたのだが、この異人騒ぎですっかり放ったらかしにしていたのだ。  予期せぬその音と水蒸気に、驚いたのは私だけではなかった。見れば異人も大きな右眼を見開き、思わず背後へのけぞっている。  逃げるなら、今しかない……考える間もなく、私は無意識にそう判断を下していた。  気がつけば、私の足はポットを蹴倒し、瞬間、爆発的に白い煙が焚火の上に溢れ返る。 「ウゥ……」  吹きこぼれに驚いていた異人は、突然のその煙にさらに怯む。 「う、うわあぁぁぁーっ…!」  一瞬の隙を私は見逃さず、大声で喚き立てながら、まさに脱兎の如くその場を駆け出した。  その後は、もうどこをどう走ったものかも憶えてはいない……何一つ視界を照らすもののない、真っ暗闇の山の中を文字通り転がるようにして無我夢中で走り抜ける。 「…ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…うわっ…!」  そして、息も切れ、もうこれ以上は走れないという肉体的限界がきたところで、幸か不幸か私は不意に転がり落ちた。  目が利かないのでわからなかったが、どうやら窪地のようになっている場所らしい。
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