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『サービス精神旺盛! 喋るクマが君を待ってるぞ!』
そんな魅力的なキャッチフレーズに誘われ、仕事が夏季休暇中の俺はネットで見つけた『一対一でクマと一緒に山を楽しもうツアー』に参加することにした。
待ち合わせ場所の山の麓に迎えに来たのは、陽気なガイドのクマ、マーク。背後から「よっ!」と現れ、手を差し出してきた。
「待ちくたびれたぜ」
「え、あ、クマ…? が…喋ってる…」
俺はマークと握手しながら困惑した。
「驚くなよ。知ってて参加を申し込んだくせに、とぼけやがって。さあ、始めるぜ! ついてこい」
確かに、サイトにガイドのクマが喋るって書いてあったけど。嘘だと思っていたからさ...。
マークは「こっち」と言ってズカズカと歩き出した。彼の足元を見ると、お洒落なスニーカーを履いている。クマに靴は必要なのか? そんなにデカいサイズのスニーカーをどこで買ったのか? と疑問に思いながらも、ついていく。
マークの足取りは予想以上に速い。
「ちょっと待て、速すぎるよ」
「あぁん?」
両目と口を大きく開けて不機嫌になるマーク。
「すみません。頑張ってついていきます」
襲われたくないので、俺はペコペコと頭を下げた。
マークは、道なき道をどんどん進んでいく。いや、道を作っているという表現が合っている。
枝を豪快にどかし、茂みを踏みつけながら、無理やり進路を開いていく姿は圧巻だった。
しばらくすると、「この山のことなら、何でも知ってるぜ。危険なポイントが沢山あるから気をつけて歩けよ」と言った途端に、マークは足元の石につまずいて、派手に転んだ。
「ぐぉおおお! 痛ぇ!」
「大丈夫?」
「うん。多分、大丈夫」
マークはバツの悪そうな顔で立ち上がった。
やがて、川沿いに到着した。マークは「これがクマのドリンクバーだ!」と豪快に川の水を飲みだした。マークは水とともに魚も丸ごと飲み込んでいる。
「魚までいっちゃってるけど…」
「ああ。食事にもなって効率がいいから。さあ、遠慮しないで君も飲みなよ。水も魚もタダだ」
「俺は、持ってきた水筒に入っている水でいいです」
「あ、そうか。せっかく連れてきたのに、もったいないな。うーん、水も魚も、うまい、うまい」
マークの豪快な飲みっぷり、食いっぷりは壮観だった。
川を後にし、ひたすら歩き続け、古い小屋に到着した。もう夕方だ。
マークに「入れ」と促され、テーブルにつくと、ご機嫌で「腹が減っただろ。特製のディナーだ」と言って、戸棚の中から蜂の巣を持ち出してきた。
「豪快にかぶりつくのが、クマ流なんだぞ」
「え…?」
と、マークが口を大きく開けて、蜂の巣にかぶりついた瞬間、蜂の大群がブワーッと飛び出してきた。
俺はびっくりして後ずさりするが、マークは蜂に攻撃されても全く動じず、ニコニコと「うまい、うまい」と夢中になって蜂蜜をすすっている。
「蜂に襲われるのもご馳走の一部。忘れないでくれ、クマはどんな逆境でも楽しむ生物だってことを」
「……逆境じゃなくて、これもう災害だよ。おおっと、危ない!」
俺は蜂に刺されそうになりながら逃げ回り、結局その場でバタバタと走り回るはめになった。マークはそんな俺を見て爆笑していた。
蜂を追い出した小屋の中で雑談しながら適当に受け答えしているうちに、グダグダの雰囲気になり、「じゃあ、そろそろツアー終わりにしてもいいかな」とマークが眠たそうにあくびをして、ようやくツアーが終わった。
無事に山を下りて、マークと握手してから別れを告げ、帰宅した。
帰宅直後にマークからメッセージが届いた。
『次回は雪山でスキーがしたいな』
うむ。なるほど。
君は季節的に冬眠しているのではないだろうか…。うーん、でも、マークは冬眠しなさそうだな。クマとは違う種類の、謎に満ちた新しいタイプの生物に違いないからな。
マーク。君とのスキーを楽しみにしているよ。冬が待ち遠しい。
(了)
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