14人が本棚に入れています
本棚に追加
『撮影終了しました。専用ゴーグルを外してください』
AIの声とともに、視界が真っ暗になった。
急いでゴーグルを外して、辺りを見まわす。
白い部屋には誰もいなかった。
私が部屋を出ると、オーナーが迎えてくれた。
「お疲れ様です。お写真の仕上がりは1週間後になります。その際には領収書をお持ちください。データは今すぐにダウンロードしていただけます。こちらのパスワードを入力して、ご自身のスマートフォンでご覧ください」
相変わらずアンドロイドのような、あたたかみのない声色。VRに出てきた男性のほうが、遥かに人間味があった。
私は立ちくらみを覚えながら、藤写真館をあとにする。
頭の中が混乱していた。
何か、大切なことを忘れているような。
あの写真館の思い出は、1ピース、欠けているような気がする。
こぶしを握りしめると、手の中で紙切れがくしゃっと音を立てた。
パスワードの紙だ。
さっき撮った写真データをダウンロードするための、パスワード。
私はスマホを取り出して、夢中で文字を打ち込んだ。
「早く早く……」
心の中の声が漏れ出る。
指先が画面を滑って、何度か入力に失敗する。
ようやくダウンロードをタップしてーー。
映し出された画像を見て、小さく声を上げた。
写真の中に写り込んでいたのは、二人。
椅子に座って驚いた顔をしている私と、その後ろでニコニコ笑っている男性。
彼がVR映像ならば、私の後ろに立っているなんて、おかしくない?
しかも私、やっぱり変な顔してるし!
スマホをポケットに突っ込んで、踵を返す。
今来た道を戻って行く。
こんなの、一言クレームを入れてやらなきゃ気が済まない。人にぶつかりそうになりながら、一分一秒を惜しむように走る。
写真館のドアをぶち破るように開けて、館内へ飛び込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!