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四角い白い部屋に、ポツンと置かれた椅子。
恐る恐る腰を下ろしてみて、座り心地の良さにほっとする。心なしか、背筋もピンと伸びるみたい。
VR専用ゴーグルを装着すると、視界が白から黒へ変わった。
『撮影モード、スタンバイ。楽にしてください』
AIの指示が頭に響く。
黒かった視界が、ぱっと明るくなった。
映し出された光景に、私は息を呑んだ。
大正時代に迷い込んだかのような、レトロな部屋。こじんまりとした空間に、衣装や撮影用バック紙、アンブレラなどの機材が置かれている。
赤いソファも、クラシックなローテーブルも見覚えがある。
視線を落とせば、ヒヨコせんべいの袋が置かれていて、懐かしさを通り越して感動してしまう。
そこはかつての、藤写真館だった。
こんなに忠実に、あの頃の写真館を再現できるなんて!
まるで昔にタイムスリップしたかのようだ。
「沙都子ちゃん。よく来たねえ。だいぶ久しぶりじゃないかい」
懐かしい声に、私は思わず立ち上がる。
「え、おじいさん?」
目の前に、思い出の中そのままの、初代写真館オーナーが立っていた。
一瞬、生きてたんだ、と思った。
お久しぶりです、と言って駆け寄りたかった。
でもすぐに違うと分かった。
だって二十年も経っているのに、おじいさんが出会った頃と同じ姿でいるはずがない。
おじいさんはもういない。
今ここにいるのは、テクノロジーが見せた幻影にすぎないのだ。
「おかえり、沙都子ちゃん。また戻ってきてくれたんだね」
でもやっぱり、大好きだったおじいさんに会えるのは嬉しい。
「ただいま」
するりと、そんな言葉がこぼれた。
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