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赤いソファに座り直し、私は自分の爪先をいじる。何か話したいけど、何を話せばいいか分からない。
そうしていると、おじいさんのほうから口を開いてくれた。
「沙都子ちゃんは小学生の頃、本当によくここに通っていたね。お友達やご家族と過ごしたほうが、ずっと楽しかっただろうに。ああもちろん、迷惑とかそういうんじゃ、ないんだよ。ただね、当時きみはそれで、良かったのかなぁと思ってね」
やっぱり、おじいさんは優しい。
「私、話してませんでしたっけ」
知らずうち、口元がほころぶ。
「うち、途中から母子家庭になったんです。父は、私が小学二年生のときに亡くなりました。母は私のために、夜遅くまで仕事をするようになって……。学童クラブに友達はいたけど、小学三年生になると、同級生はみんな習い事で忙しくなって、遊んでくれなくなりました。私ひとり、誰もいない家に帰るのが嫌だった。だから、好きで寄り道してたんです」
「そうかい。七五三の撮影では、ご家族みんな揃っていたからね。まさかそんな事情があったとは」
思えば、ここが第二の我が家だったのかもしれない。
いつ帰っても、あたたかく迎えてくれる人がいる。居場所があるということは、少なくとも自分を受け入れてくれる人がいるということ。
ここにいていいんだって、肯定してくれるってこと。
私が変にスレずに成長できたのは、藤写真館があったおかげかもしれない。
「僕もね。沙都子ちゃんが来てくれて退屈しなかったし、元気をもらっていたよ。あの子も……きみが来るのを楽しみにしていたしね。今日は二人で来てくれて本当に嬉しいよ」
「ふたり?」
振り返ると、見たことのない男性がいた。
「遅くなってごめん。ちょっと支度に手間取っちゃって」
「え。誰?」
私はぽかんと口を開ける。
「誰って、そんなマジな顔して冗談言うなよ。遅刻したのは謝るからさ」
冗談ではなく、本当に分からない。
私の知人の中に、こんな爽やか青年はいない。
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