素面(しらふ)

4/6
前へ
/6ページ
次へ
 かなり高揚と脱線をしてしまった。戻そう。ご神徳にあやかるのも、確かに重要ではある。しかし、「日々の彩り」を得るため、創一はさらに神社を巡ることにした。またしても電撃的に、島根県の「出雲大社」へ行きたくなった。ちなみに、一般的には「いずもたいしゃ」であるが、正式には「いずもおおやしろ」らしい。実際と言うべきか、出雲大社の公式ホームページも、ドメイン名が「いずもおおやしろ」になっている。さておき、やはり、思い立ったら即行動である。さすがに、島根までは日帰りでは行けない。また、「今!」と思っても、すぐさま宿が抑えられない。よって、ホテルの予約が取れる時期から逆算して、旅行の日程を立てる事にした。すると、ちょうど出雲での「神在月祭(かみありづきまつり)」のタイミングに重なった。また注釈を入れておくと、十一月の和名は、一般的には「神無月」。これは、八百万の神々が、出雲の地に集まり、「神儀(かむはかり)」という会議をやるためだ。そのため、「議場」となる出雲では、十一月を「神在月」と呼ぶ。その特定期間中が、「神在月祭」だ。そんな時期に参拝することになったのは、何らかの「お導き」があったに違いない。勝手に都合よく解釈し、創一は具体的な計画を組んだ。だが、いざ当日になると、失敗の連続だった。出発の時からして、つまずいた。インターネットで、岡山から出雲市駅に向かう特急券を事前に買っていた。だが、乗り継ぎの合間にきっぷを引き換えることができなかった。結果、指定の特急に乗れなかった。つまり、きっぷ代を丸々損してしまったわけだ。次の便の当日券を買おうにも、売り切れ。「次の次」しか買えず。岡山駅で、二時間待つハメになった。自然と、出雲市入りは遅れた。到着した頃には、もう日が傾き始めていた。さすがにどうなのか? と思った。ので、大幅にスケジュールをずらし、ホテルにチェックイン。一夜を明かした。そして翌朝に、改めて「出雲大社」へ出向いた。だが、いかんせん、参拝客が多すぎた。例えば、出雲大社では、本殿に参拝する前、穢れを祓うために手を合わせるべき、「祓社(はらえのやしろ)」というお社がある。そこには、軽く見積もっても百メートルはあろうかという、長蛇の列ができていた。いくらなんでも、度を超えている。敷地面積の違いがあるので、本当に調べたなら、そうではないだろう。だが、人口密度は、伊勢の神宮よりも上のように思えた。出雲大社を訪れる際は、八百万の神々が通るとされる「稲佐(いなさ)の浜」を訪れるのが慣習だ。浜辺の砂を適宜すくい、出雲大社の境内社の一つである「素鵞社(そがのやしろ)」の、裏手の砂と交換。そうすると、それがお守りになると言われている。創一は、砂の扱いに困るなと思った。だから、稲佐の浜では、名勝である「弁天島」を拝むのみにし、砂は取らなかった。その判断は、違う意味で正解だったようだ。いざ素鵞社を見ると、そこにも信じられない程の行列が発生していた。律儀に並んでいては、日が暮れる勢いだった。出雲大社の拝殿も、また、本殿も、大変な人混み。もっとも、数年前まで初詣に出向いていた、地元神戸の「生田神社」。あそこにおける、新年三が日ほどの混雑ではなかったのだが。ところで、出雲大社は、縁結びの神として名高い。「無事に作家になれたなら、いい編集者に巡り会えますように」と、楽観的にも程がある願いをした。御祭神である「大国主命」も、過程をすっ飛ばしたそんな願いは、叶えようとて無理なのでは? と、今にして思う。創一的に満足度が高かったのは、出雲大社本殿よりも、その末社である「命主社(いのちのぬしのやしろ)」を参拝できたことだった。お社自体、「出雲大社」の敷地から少し離れた場所にある。静かで、落ち着けた。そこの御祭神は、「神産巣日神(カミムスヒノカミ)」。宇宙創造、天地開闢を担った三柱の神々、「造化三神(ぞうかのさんしん)」のうちの、一柱だ。国造りどころか、宇宙と天地。スケールが違う。この神に、「自分が存在していること」を感謝せずして、何としようか? しっかり、祈りを捧げた。  そして、一通り回った出雲大社を離れてから、松江市の「美保神社」へ行った。この神社は、全国の「えびす様」の総本山とのこと。「出雲大社」は「だいこく様」であるために、古来より「両参り」をすると、さらによいとされている。その「美保神社」へは、またしても大変な苦労をしてたどり着いた。「出雲大社」から、一畑電車で「松江しんじ湖温泉」駅まで出た。それはいいのだが、あろうことか、乗り継ぐべきバスを間違えてしまった。誤って、終点のJR松江駅まで行った。美保神社方面へ向かうバスは、一時間に一本。既に帰りの飛行機のチケットを抑えている。つまり購入しているがために、悠長に次のバスを待っていられない。まさか、松江まで来て、引き返すわけにもいかない。しばらく途方に暮れた後、諦めて、タクシーに乗った。目的地までは、車で約一時間。往復で、目玉が二回転半宙返りをするほどの費用がかかってしまった。  「美保神社」は、えびす様を祀る、港に近い神社だ。そんな理由でか、漁業関係者の崇敬が厚い。と、元漁師だったという、タクシーの運転手さんから聞いた。参拝の爽やかさ以上に、想定外が重なりすぎた。まったく、ずいぶんとお大尽な旅になってしまったものだ。もし、次回再訪する機会があったなら。その時は、二泊三日にしよう。ため息を吐きつつ、帰途の出雲空港でのことだった。ある垂れ幕を見た。それは、「出雲の神在月祭」を、大々的にアピールするものだった。そうなのだ。出雲市にとって、「神在月祭」は、年に一度の「かき入れ時」。つまりは、「来いよ、観光客!」という時期。人が多くて当たり前なわけだ。そんな事にすら想像が及ばず、ノコノコと出かけていったのだ。後はもう、「お察し下さい」だろう。  創一には、想像力が欠けていた。想像力。その社会全体的な欠如が、今こそ問題にされるべきではないか? 例を挙げていけばキリがないので、それは控える。想像力が欠けていると言うよりも、創一は、大衆が揃って「正常化バイアスという病」にかかっているように思えてならない。正常化バイアス。つまり、「自分だけは大丈夫」という、根拠のない思い込みだ。こちらも、例示はいくらでもできるが、やはり控える。出典は忘れたが、戦時下における民衆の心理を表した言葉に、こんな趣旨の物があったと思う。「全ては他人事。敵国の兵士が、自分の家のドアを蹴破るまで」。記憶が定かであることを祈るが、特に、マスメディアが発展しきった現代こそ。人々はこの言葉に耳を傾けるべきであろう。とは言え、何をどう言おうが、所詮無駄だ。なぜなら、人々は答えるだろう。「それは分かってるよ。でも、私は大丈夫だから」。どんな悲惨な災害も、酸鼻を突く事件も、テレビ、ないしはネットを通せば、たちどころに「刺激的なショウ」になる。当事者以外の全ての人々が、それを消費する。極めて軽薄に。大半の人々は、いのちの危険にさらされたことがない。それは喜ぶべき事ではある。だが、創一は違う。彼は、一九九五年一月十七日に発生した、阪神淡路大震災の被災者だからだ。命も家も、奇跡的に無事だった。だが、最も被害が甚大であった、神戸市東灘区にあった大学は壊滅した。そして、演劇部で大変世話になった先輩が、学生の犠牲者の中にいた。当時から、まるっきり他人事のように、上空を飛ぶ報道ヘリが憎かった。で、ありながら、創一もまた、過ちを犯した。後年に発生した東日本大震災。その時の創一は、たまたま東京に住んでいた。ゆえに、かなり強い揺れを感じた。激しい揺れで、大きくきしむ木造アパート。しかも一階。今度こそは死ぬか!? と思った。揺れが収まった後、急いでテレビを点けた。そして、津波に呑まれる町並みを映し続ける様を「消費」してしまった。何も、言えなかった。想像力というものは、諸刃の剣だ。あるいは、適量の塩梅が難しい劇薬、とも言える。その心は、必要ではあっても、豊かすぎると身動きが取れなくなる毒と化す、だ。先の段で、「優しさ」が、創一の「永遠の命題」であると書いた。もしかすると、彼は、いつかたどり着けると信じて、必死に蜃気楼を追いかけているのかも知れない。人間とは、優しい人も、酷薄な面を持ち合わせている。愛を語る口の裏で、リンチの相談もできる。そもそも「生きる」ということは、矛盾を抱え続ける事だ。大げさに嘆いてみせる創一だって、殺戮衝動の一つや二つ、平気な顔で持っている。そこへ持ってきての、心の風邪だ。実のところ、結構な頻度で来る、発作的な殺意の衝動。それを抑えるのは、かなり大変だったりする。しかし、その二面性が、創一を苦しめる。彼は、そういう意味では、極めて頭が悪い。なぜなら、先に触れた通り、矛盾をはらんでこその人間だ。違うのは、その「割合」のみ。「完全な、混じりっけなし」を求めているから、創一は愚かであり、おめでたくもあり、滑稽なのだ。ああ、真の優しさとは、いずこにありや? いや、何を持って「真の」とするかが、そもそもあやふやだぞ? えい、構うものか! きっとどこかに、「ほんとうに優しい人」がいるに違いない! 崇高なる探索者である、俺の邪魔をするな! 寄らば斬るぞ! 勘違い。夢想家。理想主義者未満。どこぞの文豪風に言えば、ポンチ。それも極め付けのポンチだ。今さらだが、少し前まで、あるいは今でも、創一は「夜の夢が真実であり、昼間が長い夢」だと思っていた。「うつし世はゆめ 夜の夢こそまこと」。江戸川乱歩を気取るというよりも、あっちはフィクションであり、こちとらノンフィクションだ。おーい、どこか物好きなノンフィクション作家さーん? 俺の所に取材に来ないかーい? 今なら、リアリティが大安売りだよー? と、積極的に茶化しでもしないと、ぶっちゃけやっていられない。だが、ありえない話にせよ、仮に創一が「ほんとうに優しい人」に出会えたなら、彼はどうしたいのであろうか? その点だけが、全く見当が付かない。もしかしたら、手段が目的になっているのかも知れない。で、あるならば、もはや処置なしのレベルで愚かだ。創一が泥酔しているのならば、まさしくの酔狂ということで、まだいくらかは救いがあるかもしれない。しかし彼は、どこまでも素面だった。酒よりもタチが悪い、脳内麻薬がガンギマリ状態なのだ。世界の真実は、創一には不都合。そこから目をそむけつつ、彼は、次の神社を目指した。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加