素面(しらふ)

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 ところで、今さらだが、これを書くに当たって、プロットは切った。だが、完全なる勢いで書いているがゆえに、時系列はメチャクチャだ。しかしながら、個人的なスタンスとして、流れに任せた方が、面白いものが書ける、というのがある。まあ、全ては後付けの理由なのだが、時間は少し戻る。同時に、特筆すべき所がない、あるいは気づきのなかった神社については、割愛していたりもする。創一が訪れた神社を全て取り上げていては、いくら何でも冗長に過ぎてしまう。  さて、そんなわけで、時系列的には「出雲大社」の前になる。有名な割には訪れたことのない、京都の「伏見稲荷大社」を参拝した。だが、考え得る限り、最悪になってしまった。複合的要因で、訪日外国人の数が増えていることは、序盤の方で触れた。その「暴力」を味わったのが、「伏見稲荷大社」だったと言うわけだ。そこに、神はもはやいなかった。もしかすると、いたのかも知れない。だが、そうであったにせよ、だ。神は薄汚く俗化し、御神威も何もなく、そこらの野良幽霊と同格なのでは? そうに違いないと思った。理由は、ひとえに人の多さだ。それも、参拝客の多分九割近くが、気楽な物見遊山の外国人。なんなら、「神はアッラーのみ!」という厳格な一神教であるはずの、ムスリムの人間もかなりいた。もっとも、これについては、服装から想像するしかなかったのだが。周囲から、日本語が聞こえてこない。日本人のはずの警備員さえ、創一に、英語で答えた。まかり間違っても、神域ではなかった。無数の「部外者」の、ありとあらゆる邪念と雑念。それらが、上空に不吉な毒大蛇の如く、とぐろを巻いているのが見えた。世界に彩りを取り戻すどころの騒ぎではない。幾万の手が、空間全体を凌辱していた。本来は美々しいはずの風景を、灰色どころか、欲望と享楽の漆黒で、誰彼構わず、べたべたと手の形に塗りつぶしているようだった。外国人観光客に対して、宗教的な意味で「郷に入れば郷に従え」などとは、言えるはずもない。しかし、「強制的に堕落させられた神域」を見ていると、なんだか、八百万の神々を「珍奇な見世物」として扱い、よってたかってなぶっているようにしか思えない。無駄だろうが、頼む。俺の心の拠り所になったかもしれない場所を、凌辱するのはやめてくれ。ああ、人間には、耳が二つついている。しかし、今こそ悟ったよ。人数が増えて、耳の数が増えればそれだけ、声を聴く力は、反比例で落ちていくのだ。幾万以上の耳は、もはや、世界が崩れる音さえ聞かないだろう。どんなに轟音を立てようが、相対的には、世界は無音で滅ぶのだ。ほらね? さっき言っただろ? え、覚えてない? だから、世界と人類の終焉は、きっと空疎だってことさ。それは恐らく、「相対的に無音」だから、誰もが気付かないんじゃないのかな? なんだって? その時、お前はどうするのかって? あのねえ、選択肢がない質問をしないでよ? 決まってるじゃないか。「いかれたみたいに、高笑いをする」んだよ。いいかい? これは復讐劇なんだよ。世界への、たった一人の高貴な反乱なのさ。僕は検事であり、裁判官であり、弁護士であり、そして被告だ。確実なことは、自分以外の人類は、全て敵だってこと。タカラカニサケベ、ボッチノシュプレヒコール! おやおやおやあ? 今どきゲバ棒片手にヘルメットをひっ被って、一人でデモ行進ですかあ? 六十年代って、あなた生まれてないでしょう? まして、あんなカルト連中の、どこに憧憬を抱く要素があるって言うんですか? うるさい、黙れ。復讐するは我にあり。僕は僕の正義に、正統性を付与するべきなのだ。もっともらしいことを言うな。お前のような人間が、テロを起こすのだよ。違うね。人間は、潜在的に、みんなテロリストだ。あれ? じゃあ、人間社会の本質っていうのは、「似た者同士」とか、「同類相哀れむ」なのかな? ねえ? 知るか! 俺みたいな落伍者に聞くな! なんだって? 酔いも大概にしろ? 失礼な! 僕はいたって素面だよ! ……書き進めるほどに、不安定さが増してくる。そう言えば、精神病院の閉鎖病棟にいた頃。創一の人格は、「俺」、「私」、そして「僕」の三人に分裂していた。三人で、不毛極まりない議論というか、責任のなすりつけ合いを延々やった。もしかすると、俺は今なお、退院できていないのではないだろうか。現在進行形で、長い夢を見ているだけなのかも知れない。いや、たとえ妄想でも構わない。魂の自由を信じて、次なる神社へ行こう。  順番的には、「伏見稲荷大社」から帰った後の話。「大阪最強のパワースポット」があると聞いた。「サムハラ神社」と言うところだ。御祭神は、「造化三神」。すなわち、「天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)」、「高御産巣日神(タカミムスヒノカミ)」、「神産巣日神」の三柱。「命主社」で触れた通り、宇宙創造、天地開闢の神々だ。「造化三神」を併せて祀っている神社は、この「サムハラ神社」と、「東京大神宮」ぐらい、らしい。理由は不明ながら、なぜか、「造化三神」には惹かれる。宇宙をこの手に! などという台詞は、もう、安っぽいマンガの中でさえ見ない。しかし、日本は神話を史実として扱っている。バカげていると笑うなら、聖書を同じく史実にしている、キリスト教圏の人々にも文句を言うべきだ。とにかく、全ての大元である、宇宙の創造主が祀られているとあっては、こちらの背筋も自然と伸びると言うものだ。鳥居をくぐった。伊勢の神宮で感じた、空気が変わる感覚があった。誠心誠意、感謝を捧げ、身を護ることにおいては強いご利益があるという、硬貨型のお守りを授かった。余談ではあるが、この「サムハラ神社」の「サムハラ」は、常用漢字ではない。そのため、書き表すことができない。漢字ではなく「神字」らしい。「サムハラ」という言霊自体に、厄を祓う力があるという話だ。また、「身を護る」ご利益から、戦時中は、「弾よけ」を祈願する軍人さんの参拝が多かったとのこと。さらに、そのご利益との関係は不明で、むしろ都市伝説の様相なのだが。神社のすぐ隣には、大阪府警の、機動隊の建物がある。しかし、「サムハラ神社」は、オフィスビル街の中にひっそり鎮座する、氏神様レベルで小規模な神社だ。そんな小さなお社で、なぜ俺は、御神気を感じられたのであろうか? ただの仮説に過ぎないが、御神気を感じるかどうか? は、参拝者と、祀られている神との波長。あるいは、他の参拝客の多さ、イコール邪念や雑念の濃度に関係しているのかも知れない。仮に波長が合っていたならば、大いなる創造主と近しいということになる。で、あれば、この貧しい自尊心も、幾ばくかは満たされる。ほらね。そうやって、隙あらばマウントを取ろうとする。つまりは他者との差別化に必死な普通の人を、毎回鼻で笑うくせに? お前が言うな、だよ。黙れ。知った風な口を利くな。俺は、余人の想像も及ばぬ高みから、全てを見下ろしたいのだ。へえ? 何様のつもり? もしかして、神気取り? えい、罰当たりなことを言うな! 俺はこの、ペンという剣よりも強い武器で あーあ、聞いちゃいらんないよ。ミジンコ以下の、作家モドキがよくもまあ。お二方、ケンカはいけませんよ? 私が来たからには、もう大丈夫、矛を収めて? お呼びじゃねえンだよ! お前、一人で万の耳を持ってるだろ? そうだそうだ! つまりは、僕達の意見なんか聞く気がないし、そんな力も無いだろう? えっと、ずいぶんな言われようですね? 私は私として……混乱。混乱。混乱。「サムハラ神社」において、比較的容易に、かつ、有り難く御神気に触れられたはずだ。しかし、いい子ぶった茶化しの「僕」と、やる気がある無能の「私」が邪魔だ。苛立つのは、少なくとも「僕」の指摘が、図星を突いているからに他ならない。そうなのだ。必死になって、毎日、どんぐりの背比べをしている普通の人を小馬鹿にしつつ。俺もまた、「そう」でしかないのだ。しかもタチの悪いことに、「宇宙の創造神と波長が合う」などという仮説を拠り所に、「レベルの高い差異化」を試みている。ひょっとしなくとも滑稽な話ではあろうが、では、例えば創一の姉のように、彼が自室に神棚を設置したことを鼻で笑うような「無礼」が許されていいのだろうか? それは否、であろう。神は、人それぞれの中にある。だが、意識をする者は少ない。無宗教の皮を被ったこの国で、「神」の存在、あるいは名前を口にすることは、大いなる恥に近しい。と言うか、先述の、姉が典型的であるように、悲しいながら、れっきとした恥だ。そんなところに、宇宙の創造神がどうのなどと言えば、ただのオカルト好きな痛い奴、になってしまう。ああ、それぞれの人間に宿りし神々よ。信仰を否定する者どもを、これ以上護る必要がありますか? そろそろ、諦めてもいいんじゃないですか? もし、人の身体に宿る神が、実は魂そのものであるのならば。なおのこと、お出ましになってください。信仰とは、信念です。責任の源泉であり、矜持の裏付けです。それらのない人間共に、生きる値打ちがありますか? まとめ。俺以外、全部残らず死んじまえ。傲慢のミルクレープ。身勝手を焦がしカラメルソースにした、勘違いのプリン。またあるいは、唯我独尊を主張する、タワーのごときパフェ。カロリーは、全部、一口で一生分。食、即、死。おいおい、俺は一方通行のパティシエだぜ? 作ったものを、他人に食わせるだけさ。無理矢理にでもな。再度のまとめ。俺以外、全員残らず死んじまえ。同内容。科学万能の世にこそ、神は必要なのだと信じる。なぜなら、「不明なこと」の理由付けに、うってつけだから。神とは、究極の便利屋さんなのだ。あまねく男が一度は夢見る、「都合のいい女」かもしれない。やめろ。書いていて、たまらなく悲しくなってきた。遠回しに、これまでの主張を、全力で自己否定していることに、なぜ気付かないのだ? 今気づいたよ。俺は、下手くそなピエロだ。ますます、分からなくなってきた。「何が、どう?」さえ、霞んでしまっている。神の存在を信じていなければ、こんなに方々、神社を巡らないはずだ。信じるものを探すのが難しい中で、せめて神様ぐらいは、最後の砦として、残っていて欲しい。万一、この国から、神を敬う心が消えるなら。せめてそれが、俺がくたばった後であって欲しい。美しい心で、死にたい。ほーら、そんな殊勝なことを言っても、僕には通じないよぉ? どうせお前は、ろくでもない死に方をするに決まってる! うるさい、お前も俺のくせに。残念、僕もお前も、同じであって、同じでないよ? 詭弁を。まあまあ、お二人とも。ここは私に免じて。「「ややこしくするな!」」……混乱はいよいよ極まり、もはや、何が何だか分からない。いっそ泥酔していた方が、浮かぶ瀬もあったかも知れない。だが、残酷な事実として、創一は、やはり素面だった。
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