山好きに悪い人はいない

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婚約者が殺された。 来月、式を挙げる予定だった。 彼は、一人暮らしをしている部屋に帰宅したところ、空き巣と鉢合わせてしまい、刃物で刺されたということだった。 彼は、6階建ての建物の6階に住んでいた。最近は、高層階だから安全というわけではなく、屋上からロープで降り、ベランダから部屋に侵入するタイプの空き巣が増えていて、最上階は1階の次に危険なのだそうだ。 事件から1週間ほど、私は仕事を休んだ。上司は落ち着くまで出社しなくていいと言ってくれていた。 けれど、そもそも、1か月後には寿退社することになっていたので、その相談もしなくてならないと思い、出社することにした。 まず、上司のところに行くと、彼は優しく微笑みかけ、会議室に私を連れて行き、この度は気の毒なことだった、君さえ良ければ、このままここで働き続けてくれたらいいと言ってくれた。 私は、両親がしばらく実家に帰ってきたらどうかと言っているので、少し考えさせて欲しいと答えた。 自分のデスクのある部屋に入ると、それまで、普通に喋ったり笑ったりしていた人たちが、急に話をやめ、笑うのをやめた。そして、曖昧な笑みを浮かべながら、仕事に戻っていった。 ついこの前まで幸せ一杯だったのに、突然、世界で1番不幸になった人に、どんな顔をすればいいのか、私だったら困るだろうと思った。多分、同僚たちもそうなんだろうということはわかった。
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