悠馬と少年

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悠馬と少年

 遮るもののない、普段よりも近い空。眼下に広がるのは緑と色づき始めた葉の混じる木々。遠くには街並みも見える。ハイキングの延長で来れるような低山だが、仕事に忙殺されている身としては癒される風景だ。 悠馬は周囲に誰もいないことを確認すると、澄んで冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んで声を張り上げた。 「やっ、ほー!」  こうして思いっきり叫ぶのが彼のストレス解消法だ。山頂で叫ぶと辺りに反響して響くので気持ちがいい。悠馬はいかにきれいに山びこを作るかに集中した。 「やっほー!」  これはいまいちだった。すぐに終わってしまった。今度こそ、と口に手を当てて息を吸った。 「や「ヤッホー!」」  悠馬の声に被せるように高い声がかぶさった。その声は悠馬の声をかき消し、これまでの彼の山びこの長さの倍は辺りに反響して消えていった。またか、と悠馬は忌々しく声の方を睨んだ。そこには予想通り得意げな顔で見上げている少年がいた。  ここ最近、山に登るとこの少年に会うようになった。悠馬は週末のどちらかに来ることが多いのだが、山頂について山びこを楽しんでいるとこうしていつの間にか現れている。  そして何がイラつくのかというと、悠馬より山びこを作るのがうまいのだ。せっかくストレス解消に来ているのに、なんだか負かされた気分になってしまう。子供相手に大人げないと思いつつ、また声を張り上げた。 「やっほー!!」 「ヤッホー!」    悠馬の後に続き、少年も叫ぶ。少年も負けず嫌いのようだ。お互いの声が山びこのような状態になりながらも、この攻防がしばらく続いた。
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