悠馬と少年

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「あー。くそ、休憩だ」  大声を出しすぎて、喉が渇いたのもあり悠馬は一旦この勝負を中断させた。木陰にある手ごろな岩に腰掛けると、リュックから水筒を取り出し、フタに注ぐと一気に中身をあおった。冷たい麦茶が滑り落ちていくのが気持ちいい。一杯では足りなかったので、もう一杯続けて飲むんでようやく人心地ついた。  あれから何度も叫んだが、結局少年に勝てなかった。それは癪だったが、思いっきり大声を出せたので気分はだいぶスッキリしていた。 「おい、お前も飲むか? のど乾いたろ」  そう言って悠馬は返事も聞かずに麦茶を注いだ。そうすると、少年も慣れたもので悠馬の隣に座るとフタを受け取り、おいしそうに飲みだした。山びこ勝負をするようになって、早い段階からこうして茶を分けていた。子供の前で自分一人だけ、茶を飲んでいるのに居心地の悪さを感じたからだ。 少年は小学生の高学年くらいで、いつもTシャツに短パン装。荷物など何も持っていない。おそらく山の麓にでも家があって、近所で遊ぶくらいの感覚で来ているのだろう。親に言って出てきているのかも怪しい。それでも水筒ぐらい持って来ればよいとは思ったが、それは言わずにいる。というのも少年とは会話らしい会話が出来ていないからだ。あれだけ大声が出せるのに、少年は山びこをしているとき以外、まったく話さない。挨拶すらもだ。不審者だと思われて話さない、という訳ではないだろう。悠馬がなにかする度に興味津々で近づいて来るし、表情は豊かだった。だから少年のことは極度の口下手だと勝手に解釈している。 「そうだ。最近近くの山で熊が出たらしいから、お前も気をつけろよ」  少年が飲み終わったフタを回収しつつ、悠馬はこの前見たニュースを思い出して言った。この山で何か出たとは聞いたことは無いが万が一ということがある。だから忠告したのだが、少年はあまり分かってなさそうな顔で彼を見ている。予想通りの反応にため息を吐き、リュックから用意してきていたものを取り出した。 「お前は普段は静か過ぎるから、熊が気づかずにそばまで来て襲われるかもしれないだろ。だから、これをズボンにでもくくりつけとけ」  摘まんだ指の間で、チリンと澄んだ音が響くのは熊よけの鈴だ。安いものだし気休めぐらいにしかならないだろうと思ったが、無いよりはマシだろう。少年の返事も待たずに、そのままズボンのベルトループに括りつけた。  少年は最初、不思議そうにしていたが、動くたびにチリン、チリンと鳴るので面白くなったらしい。辺りを走ったりジャンプしたりと忙しい。 「まったく、今どき鈴くらいでそんなに興奮出来るなんて、変なヤツだな」  初めて鈴を見るような反応がおかしくて笑ってしまう。だが喜んでもらえて悪い気はしない。なんだか年の離れた弟を見ている気分だ。 「よーし、休憩終了だ。もう一回勝負だ!」  それでも負けっぱなしは悔しいので、悠馬は少年に再戦を申し込んで立ち上がった。
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