少年の正体

1/1
前へ
/6ページ
次へ

少年の正体

 野鳥の声が響く深夜の山。辺りは闇に沈んで、昼間の様相とは様変わりしている。遠くに見える街の光がろうそくの火のように揺らめいていた。  そんな山の山頂に少年はいた。暗闇に怖がることもなく、岩に背を預け街の方角を眺めている。彼が時おり鈴に指をかけると、チリンと鈴の音が辺りに響いた。 「なんじゃ、変な笑いをしおって」 「あれ、おいら笑ってた?」 「ああ。一人でにやにやと気持ち悪かったぞ」 「その言い方はひどいぞ」  突然、しわがれた声がしたかと思ったら、少年の横には真っ白な老人がいた。腰まである髪もひげも着ている着物ですら全て白。だというのに、眉間にはくっきりと影が出来るくらい皺が寄っている。表情も恐ろしいが、それ以上に恐ろしいのは、老人の足が膝下辺りから徐々に薄くなり地面に着くころにはすっかり消え失せているところだ。  そのような老人に対し怯えることもなく、少年はむくれて見せたがそれも一瞬で、すぐに「見て見て」と腰の鈴を指さした。 「岩じい、見てくれよ。人の子がおいらにプレゼントだってくれたんだ! 山びこのおいらに!」  自慢するように老人、岩じいに鈴の音を聞かせるために揺らした。少年は岩じいが一緒に喜んでくれると思っていたのだが、彼の顔色は険しいままだ。 「……よいか山彦。あまり人と関わるではない。山びこの精霊であるお主が人と近くなりすぎるとお主にとって災いとなろう」 「なんだよ。岩じいったら、自分がもらえなかったら拗ねてるのか? 岩じいも人の子と仲良くすれば、もらえるかもしれないよ」 「あのような卑しい存在に近づくなど吐き気がする。あやつら、いつもいつもわしのことを踏みつけたり尻に敷いたりしおってからに」 「そりゃ、岩じいが座りやすい大岩だからだろ。あそこから見る景色もいいし」 「……なぜ、お主がそんなことを知っている?」 「あっ」  ぶつぶつと恨みがましい小言が続く岩じいに精霊の山彦は呆れて、口が滑ってしまった。大岩の精霊である岩じいが人間を嫌っているのは知っていたが、ここまでとは思っていなかったのだ。山彦としては大岩に座っても、岩じいに肩車されているくらいに感じていたから余計に。  どうにか笑って誤魔化そうとしたが、厳しい視線は変わらない。 「どうせそれをくれたという人の子と、一緒の時にわしの上にでも上ったのだろう。不快なことが多いから昼間は眠っているというのに、まさかお主にもそんなことをされていたなんて」  嘆かわしいと着物の袖で顔を覆う岩じいに、慌てて謝罪する。 「ごめんよ岩じい。そんなに嫌だったなんて知らなかったんだよ。もうしないから許してくれよ」 「……ほんとかの?」 「ホントだって!」  袖を少し下げてこちらを伺ってくるので大きく頷いた。岩じいは千年近く生きているらしいがどうにも、子供っぽいところがある。ここで更に拗ねられたら大変だ。 「ならば、もうその人の子と会わぬと約束してくれるか?」 「どうしてそうなるんだよ!」  思わず反論して睨みつけると、岩じいは一つため息を落とす。そして幼子を諭すように口を開いた。 「人と直接関わったせいで不幸になった精霊たちを、わしは多く見て来たのだ。わしは山彦にそうはなって欲しくはない」 「あいつはおいらの友達だ! あいつが山びこをたくさん響かせてくれるから、おいらだってこんなに元気なんだし、姿を見せられるようにもなったんだ! おいらが不幸になんてなるわけない!」 「お主がどれだけ人の真似をしようと、本質は山びこ、こだまであることは変わらない。確かにその人の子のおかげで、一時的には力は一時的に強くなっているかもしれない。今は楽しくとも根本的に違う存在が、長く一緒にいることはできない。だからこれ以上親しくなる前に別れた方が、お主のためでもあるんだよ」  優しく告げられたことは正論であるのだろう。それでも、山びこは悠馬に別れを告げるなんて考えられない。せっかくできた友人と離れるなんて。  山じいの話をこれ以上聞きたくなくて山彦は駆け出した。空気の塊を蹴って、空に駆け上がる。山びこの精霊である彼は気流に乗ってしまえば、どこまででも行けた。岩のそばから離れられない岩じいから逃げるのは簡単だ。 「山彦、お主は山びこの精霊だ!それだけは忘れるでないぞ!」  逃げる山彦の背に岩じいの叫びが追ってきたが、それに返すことはしなかった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加