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木を切っていた。鳥の囀りと葉擦れだけが聴こえる静かな森の中、斧が風を切る音と刃が木に打ちつけられる音が響いた。何度目かの後木が倒れ、地鳴りが森を揺らす。驚いた鳥が羽ばたいて、しばらくしてまた静寂が訪れる。
その日は月に二度ある納品日で、珍しく木を切らない日だった。いくつかの丸太を紐で結び筏を作り、それを川に浮かべ、切り出した木を載せて下流の村まで運ぶ。三回に分けて運ぶので、行きは筏に乗り、帰りは片道二時間の山道を登った。
村の河港に三度目に辿り着いた頃には、いつも日が傾いている。そして、俺が届けた丸太を運び出し始めていた町からやってきた商会の男が、金の入った麻袋をほとんど投げつけるようにして一メートル近い距離から放り、俺はそれを落とさないように受け取った。
「さっさと失せろ、化け物め」
舌打ちと共に罵声を浴びせられる。渡されたコインの枚数を数えて、先月から一枚少なくなっていても文句を言うことさえ許されない。言葉を発することもなく、相手からの嫌悪の眼差しから逃げるようにローブのフードを目深に被り直しその場を後にした。
市場に行くと通りを行く人々が俺を見つけるなり道の端に避けた。
「瘴気の森の怪物よ。近づいては駄目」
母親が幼子に言い聞かせるように言う。
「あの醜い顔を見てごらん。呪われているの。貴方もあんな風になりたくないでしょう?」
好奇心からフードの中を覗こうとする男児から顔を逸らし、歩みを早める。
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