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エリカは勝ち誇ったように笑っていた。
遠山君と付き合う事になったらしい。
私に責める資格なんてない。
私が勝手に彼を好きだっただけで、付き合っていたわけじゃないし、エリカが遠山君の事を好きなのも、何となくわかってたし。
2人は中学から一緒で仲良かったしね。
私の気持ちなんて元々なかったかのように、エリカは2人で撮ったプリクラの画像を見せて来た。
極端に白飛びして、異常に目がデカくなっている、アレ。
「この目やばいよね」
満更でもなさそうにそう言いながら……。
私はキラキラとしたスクリーンを直視できない。
「うん。別人みたい」
「けどさ、インスタとかに載せるにはちょうどいいと思わない?」
「身バレはしなさそう」
インスタで彼氏できました宣言でもするつもりだろうか?
勘弁してほしい。
死んでもイイネなんて押したくない。
「あ、ごめん。そろそろ行くね」
エリカは廊下に視線を遣った。
そこには、すきぴ、もとい、遠山君がいて爽やかに手を上げていた。
ズッキン、ズッキンと心臓が悲鳴を上げる。
「そっか、頑張ってね」
渾身の作り笑いを繰り出して、手を振った。
「ましろも早く彼氏作りなよ」
放っといて。
「うん。頑張る」
「夏は短し恋せよ乙女ってね。17歳の夏、もうすぐ終わるぞ~」
「もう、終わってるよ。もう9月。暦の上では秋です」
「相変わらず捻くれてる~」
「早く行きなよ。遠山君、待ってるよ」
「うん! じゃあね~、ばいばぁーい」
大げさに手を振って、派手に巻いた髪を揺らしながら、駆けて行き、遠山君の腕に絡みついた。
胸糞わるぅ~。
2人の姿が十分消え失せた頃合いを見計らって、私も外に出た。
暦の上ではもう秋。
けれど体感温度はまだまだ夏真っただ中。
西日に目を細めながら、駅に向かった。
いつもの風景が、昨日までとはまるで違って見える。
グレーに沈むアスファルトばかりを視界に収めながら、いつもの道のりを足早に通り過ぎる。
通学電車で、いつも彼を見かけていた。
目が合っただけでドキドキが止まらなくて、羽が生えたみたいに体は軽やかになる。
恋とはそういう物。
「電車一本遅らせてよかったな」
同じ空間で、二人のいちゃつく姿を見せつけられるという拷問からは免れた。
夜は益々私を苦しめた。
恋なんてしなければよかった。
モヤモヤは蓄積されていくばかり。
見なきゃいいのに、エリカや遠山君のSNSを行ったり来たりしちゃって。
けれど、不思議と涙は出ない。
こう言う時、大声を張り上げて泣けたらどれだけスッキリするだろう。
「ましろちゃーん。ご飯よー」
部屋のドアをノックしたのは一応、母親。
「いらない」
「いらない? あら、珍しい。具合でも悪いの?」
珍しいだなんて、知ったような事言わないで。
私はあなたを母親とは認めていない。
父親の再婚相手だ。
勝手にいつの間にかこの家に入り込んで居座った。
あなたがいつも座っている場所は、ママの場所なんだから。
「開けるわよー」
「ダメ! 入って来ないで」
「あら、そう。テーブルに準備してあるから、お腹空いたら食べてね」
家にいても落ち着かない。
思いきり泣ける場所さえない。
私は、夜の街に繰り出した。
覚えたての化粧に、大人びた服。
履きなれないハイヒールで外に出た。
ほとんどヤケだった。
ネオンがきらめく夜の街は、開放感であふれていた。
昼間とは違う匂いをまとった街に、ヒールがアスファルトを叩く音が心地いい。
通り過ぎる男の人が、じろじろと私を見る。
「君、いくつ?」
目がパキってて怖い。
「君、いくら?」
売り物じゃないっつーの!
急に怖くなって、逃げるように走った。
突如、視界がぐらりと大きく歪んだ。
段差にヒールが引っかかって、盛大にこけてしまったのだ。
したたかにぶつけた膝の痛みに悶絶して、しばしうずくまる。
痛みと恥ずかしさで顔を上げる事ができない。
いったーい。もう、バカバカバカバカーーー。
地面に拳をぶつけながら、心の中で叫ぶ。
その時だ。
「大丈夫ですか?」
不意に頭上から声が降って来た。
私は思いきり首を横に振った。
「いたーい」
大粒の涙がボロボロとこぼれた。
惨めだ。
恥ずかしい。
見ないで。
そう思った次の瞬間、体がふわっと宙に浮いた。
ふと顔を上げると、見覚えのないスーツ姿のお兄さんが立っていた。
私を立ち上がらせてくれたのだ。
優しそうで愛嬌のある目。
誠実そうな口元。
首元からは、清潔そうなソープの匂いがした。
本能が訴える。この人は大丈夫だと。
「これ」
彼はハンカチを差し出した。
それがトリガーとなり、そのハンカチに顔を埋めて声を上げて泣いた。
せっかくのメイクはボロボロに崩れてしまってる事だろう。
「こんな時間に、一人でうろつくのは危ないよ。この辺は変な人も多いから」
そう言って、服に着いた汚れを優しく払ってくれた。
激痛を訴えた膝の傷は案外大した事なくて、うっすらと赤くなっている程度だった
けれど、ハイヒールは壊れていた。
無様にかかとの部分がふらふらと泳いでいる。
「家はどこ? 送って行くよ」
彼は、壊れたハイヒールを手に持って、タクシーに手を上げる。
「いや! やめて!」
「え?」
「帰りたくない」
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