逗留

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 てっきり日の出前に戻ってきたらなら早いくらいだと勝手に思っていた。寛ぎ方から言ってフィフスドル君とノリンさんも同じくらいの時間がかかると思っていたようだ。  だからこそ30分もしないで戻ってきたチカちゃんを見た時、何かトラブルがあったのだと勘違いしてしてしまった。  蝙蝠たちが寄り集まってすぐさま人の形になっていく。 「たっだいまぁ!」 「チカちゃん。どうかしたの!?」 「え? 万年筆を質屋に入れて帰ってきただけだけど」 「は、早すぎるだろう。この大きさの町で質屋を見つけるだけでも大変だぞ」 「ふふっ、そこは蛇の道は蛇ってやつよ。お金の匂いって奴は蓋をしてても漏れだすんだから。きな臭い奴らを見つけるのは得意なんだから」 「ふむ。どんな世界でどんな暮らしをしてたかは知らぬが、一度培った技は錆びぬモノ。芸は身を助くるとは正にこの事よのう」 「とりあえず訳アリで、きな臭そうな店を選んだから、足が付くことはないと思うよ~。その分、足元見られたと思うし預かりの期間も明日までって言われたけど」 「明日まで…」  …いや。  取り戻せるなんて考えるのはよそう。アレはもう売ったのだ。とにかく今はこの五人で生きていくことを考えないといけない。 「あと、ついでに未認可のホテルとか裏で営業しているお店の事とか聞いてきたから。表通りを歩くよりはマシでしょう? それにこの世界の人間の服も買ってきたよ。中古のボロだけど、かえってその方がいいんじゃないかと思って。お金も大事だしね」 「仕事ができるのう。大助かりじゃ」  アタシ達は早速チカちゃんが買ってきてくれた服に着替え始めた。ようやくコルセットを外して窮屈な格好とおさらばできる。  チカちゃんが見繕ってくれたアタシの服は黒を基調としたゆったり目なワンピースと少し年期の入ったケープ、革製のベルト、それとヒールのついていないブーツだった。歩きでの移動を鑑みて機能性や防寒などを考えてくれたコーディネートだとすぐにピンときた。その上で少しでもオシャレ心を取り入れたいという、チカちゃんの心遣いが伝わってくる。  正直言ってブーツは一番嬉しい。ここまでの移動で一番うっとおしかったのはドレスよりもパンプスだったから。ヒールのない靴が欲しくて欲しくて堪らなかった。  アタシにこれだけ気を使ってくれたのだ。男性陣の格好はどうなんだろう?  そう思ってアタシは三人の方を見た。だが三人に特に変化はない。強いて言えばフィフスドル君とチカちゃんとノリンさんが旅用の大きな外套を羽織ったくらいだった。猫ナナシ君に至っては何一つ変わっていない。 「おい。いくらなんでも僕らは適当すぎやしないか?」 「いいじゃない別に。ざっと見た感じ、チカとドル君はこの格好のままでも怪しくなかったし、ナナシ君は猫でいれば服はいらないでしょ? ノリン君も外套を羽織ればひとまずは何とかなるし。旅人を装えればOKだよ。節約節約」 「うむ。儂としても今更、シャツとズボンに戻っては動き辛いしのぅ」 「オレ、フクイラナイ」 「…アタシもそのくらいで良かったんだけど、」 「架純さんは女の子だからいいの!」 「あ、はい」  そうして着替え終わると、アタシ達はいよいよ町に入ることになった。  着替えた服やアクセサリーはチカちゃんが持ってきてくれた布に包んで丁重に保管する。この町での情報収集が終わった暁には、大事なお金になるのだから。  ようやく森を抜け、多少は整備された街道へと出る。砂利道ではあるが、平らな道とブーツのありがたさをひしひしと噛みしめつつ、足早に出入り口を目指していた。 「そう言えば、この町の名前って分かる?」 「うん。『ギヴェヌー』って町らしいよ。言い難いね」 「ギベニュー」  と、猫ナナシ君は分かりやすく噛んでいた。 「それで、そのギヴェヌーの中はどうじゃった。儂らを探している気配は?」 「特にそんな感じはなかったかな~」 「表立っては動きにくいのだろう。僕たちを召喚したのは城の王族貴族たちの落ち度。下手に動けば自らの失敗を公表するようなものだ。あの地下室の様子を見る限り、保身を真っ先に考える連中ばかりだろうからな」 「アハハ、当たってるかも」 「流石、貴族側の意見は重みが違うの」 「あんな連中と一緒にするな!」  ともあれ、追われる立場としては初動が遅いのは助かる。  アタシ達は無事に石と木とで作られた門をくぐり、ギヴェヌーの町に入ることが叶ったのである。  ◇  正確な事は分からないけれど、体感では既に日を跨いだくらいの時間になっているはず。  そのせいもあってかギヴェヌーの表通りに人の影はまばらだった。それでも大きな町なので人気がない訳ではない。だからこそ、こんな時間でも入ることができたのだけれど。  町は木造と石造りの家屋が半々といった具合で二、三階建ての住居や店舗が立ち並んでいた。高くても四階までの建物が精々で、エオイル城の暮らししか知らなかったアタシには大分開放的に思えた。  それよりも石畳で舗装された道が歩きやすくて仕方がない。どこに行ってもアスファルトの道がある日本って凄かったんだなぁ、とそんな事を考えられるくらいの心の余裕が戻ってきていた。  そうしてチカちゃんの案内の元、非合法な宿屋とやらに辿り着いた。見た目は立ち並んでいる一般住居と大して変わりない。身を隠すにはうってつけだった。チカちゃんはドアについていたリングを使って、三回ノックをした。扉の向こうから女の人の声がする。 「どちら様で?」 「『ブリッタおばさん、お久しぶりです。思ったよりも時間がかかってしまいました』」  あ、これ合言葉だ。  直感的にそう思った。訳アリのお客さんを受け入れる質屋で聞いた情報なのだから、きっとここに泊まる人たちも訳アリが多いのだろう。なんだかドラマや映画のワンシーンに飛び込んだような気になった。  するとゆっくりと扉が開いて中からバンダナを頭に巻き、寝間着にエプロンを着たふくよかなオバ様が現れた。そして親戚味をふんだんに出してアタシ達を迎え入れる。 「おや遅かったね。待ってたよ。さあ、お上がんな!」 「うん! おっじゃましまーす!」  チカちゃんは本当に親戚の家に遊びに来た少女のようなテンションで家の中に入っていく。アタシ達もぞろぞろとそれに従った。これならもしも誰かに見られていたとしても問題ないだろう。  しかし、扉が閉まった途端。ニコニコとしていたオバ様の雰囲気が一変する。無表情というか、冷淡で機械的な顔になったのだ。少し怖い。 「飯はなし。一人一泊10,000アヴァの前払いだ。四人で40,000アヴァ。さっさと出しな」 「はい。これでよろしく~」 「…確かに。部屋は二階だ。階段を上がって右に二つあるから勝手に使え。その二部屋と便所以外は絶対に入るな。昼間に出て行く時は日のある内は黙って出ていい。連泊するなら朝に合言葉を教えるから声を掛けな。ただし料金は前払いだ」  オバ様は淡々とそれだけ伝えると一階の奥へ引っ込んだ。何というかプロっぽいと、そんな感想を抱いていた。相場がいくらなのかは分からなかったけれど、高額を請求されているというのは雰囲気で伝わった。  アタシはオバ様の変貌ぶりに頗る驚いていたのだが、こちらの四人はまるで気にする風でなく二階へ上がっていった。そして言われる通り右に曲がると左右に二つのドアがあった。突き当たりには窓があり、月明かりが廊下を照らしている。  振り返ると反対側も同じ造りになっていた。どうやら一階を居住スペースにして四部屋で闇営業しているらしかった。 「で、部屋分けだけど…まあ男と女とでだよね~」 「それ以外はあるまいて」 「っく。まさか庶民と部屋を共にする日が来ようとは…」 「ん~? なら架純さんと同じお部屋がいいのかな~?」 「そ、そうは言っていないだろう!」 「オレ、オトコオンナ、ワカラナイ」  アタシ達の視線が下に落ちて猫ナナシ君を見た。正直、このメンバーなら全員一緒でもいいと思ったけれど、流石にそれは男性陣たちを見くびり過ぎか。 数間置いてノリンさんが猫ナナシ君に少々品のない事を告げる。 「お主は男じゃ。股に立派なものがついておるじゃろう」 「オレ、オトコ。マタニツイテル」 「ナナシ。品が無いぞ」 「ヒン?」 「ならこっちが女子部屋、そっちが男子部屋で」 「うむ。人心地着いたら男子部屋に来てくれ。明日以降の事を話し合おう」 「わかった。荷物を置いて一息入れたらそっちに行くね」 「うん。待ってるね~」  そう言ってアタシと四人は一端は分かれて、部屋に入ろうとした…。  …。  …ん?  何かおかしい。アタシの計算が正しければ二人と三人に分かれるはず。なのにどうして四人と一人になっているのか?  この疑問を感じたのはアタシだけではなかった。ドアを開けて部屋に入る前に、フィフスドル君とノリンさんも違和感の発生源たるチカちゃんに視線を送った。 「チカ殿。こっちに来るのは一息入れてからでよいぞ?」 「うん? それは架純さんでしょ?」 「お前も一緒だ。紳士として女の身支度の時間くらいは待つ」 「…あ、そっか。そう言えば言ってなかったね。チカは男の子だよ?」  時間が止まったかと思った。  そしてその止まった時間を打ち砕くようにアタシは思わず叫んでしまった。何なら自分が吸血鬼になった事を知らされた時より大きい声だったかもしれない。 「えええええぇぇぇぇっっ!!??」  すると一階からすぐにウィスパーボイスでの怒号が飛んでくる。 「うるさいよっ! 騒ぐんだったら出てっておくれ!!」 「す、すみませんっ!」  アタシは思わず両手で口を押えていた。  フィフスドル君とノリンさんに至っては同じ顔をして固まっている。唯一、事情がよく分かっていない猫ナナシ君だけが平然としている。 「チカ、オトコ、マタニツイテル」 「ふふ。そうだよ。立派なのが付いてるんだぜ~」 「リッパ、リッパ」 「って事で架純さん。こっちの部屋で待ってるから準備ができたら来てね~」  そう言って扉を開けると、未だに固まっている二人の手を引いて部屋の中に入っていった。アタシは男子部屋のドアがしまっても少しの間、廊下に立ち尽くしていた。
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