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出会
それからアタシ達はすぐに出発の準備をした。
とは言ってもそもそも大した荷物がある訳ではない。昨日、チカちゃんが用意してくれた服を着直して準備は終わり。肝心なのは金策になるドレスとアクセサリーだけだった。
十分も経たない内にアタシ達は廊下に再度集まり、宿を出た。出がけにオバ様がチラリと顔を覗かせたので、
「お世話になりました」
と、お辞儀をした。
すると一瞬だけピクリと鼻が動いた気がした。そして相変わらずの冷淡な顔つきのままで、
「お気をつけて」
と囁いた。表情とセリフとがチグハグで何だが妙な気分にさせられてしまった。
裏から宿を出たアタシ達はチカちゃんを先頭にして件の胡散臭い質屋を目指す。まだ夜に成りたての時間だったので、道にはそれなりに人通りがあった。ほとんどの人が指揮棒のような杖の先に光や炎を灯して照明にしている。
アタシはてっきり裏の裏のそのまた裏の通りにあるような怪しい店を想像していた。しかし意外にも件の質屋は表通りに面していた。強いて胡散臭さを上げるなら何故か街道よりも三段分に地面に埋まった不思議な造りをしていたことくらいだろうか。そもそも予め知っていなければここが質屋だとは思えなかった。
質屋にはアタシとチカちゃんだけで入ることにした。残りの三人は見た目があまりにも幼過ぎて怪しまれるというのが主な理由だ。
石階段を降りて店の扉に手を掛ける。するとその直前でドアが開いて、先に入っていたお客さんとすれ違った。フードを深くかぶっていたので顔は見えなかったがすれ違いざまに「す、すみません」と言ってきた声で、女性だと分かった。
何故かその人の事が妙に気になってしまって、アタシは立ち止まって彼女の後姿を目線だけで追いかけた。それに気が付くはずもなく、石階段を上がるとすぐに見えなくなってしまったが。
「早く早く。ここのお店、可愛いのいっぱいあるんだよ」
そう声を掛けられ、気を取り直してから店の中に入る。木造のその店舗は多種多様な雑貨を取り扱っていて、オシャレなアンティークショップというような第一印象を持った。チカちゃんの言う通り、可愛らしい物もあればシックな品物も数多く扱ってあるいるようだった。
「いらっしゃいませ」
と、カウンターにいた太い中年のおじ様が営業スマイルと共に声を出した。そしてチカちゃんの姿を見るなり、「おや?」という顔つきになった。
「ご来店ありがとうございます」
「昨日の紅茶が美味しかったので、また来てしまいました~」
「そうでしたか。どうぞこちらへ、ご馳走いたします」
おじさんはそう言って暖簾のかかった奥の部屋に来るようにアタシ達を促した。チカちゃんが躊躇いもなく進むので、アタシもそれに従う。
奥には広めのテーブルが置かれていた。表の店舗に比べると何となく埃くさい気がした。
「昨日の今日でどのようなものをお持ちで?」
「これを…」
アタシは包みを解いて昨日まで身に着けていたドレスと装飾品の類いをテーブルの上に並べた。途端におじさんの目が光った。
「ほほう。これは中々」
「よろしくお願いします」
「…そうですね。通常でしたら凡そ1,000万アヴァ程度の査定かと存じます。が、ご存じの通りここは通常の店ではありませぬ故…半値の500万アヴァで如何でしょうか?」
チラリとチカちゃんを見た。アタシはこういう場合の相場が全く分からない。半値にされるというのは恐らく足元を見られているのだろうけど、それでも高額のような気はする。
彼女…いや、彼か。チカちゃんは表情を崩さずじっとおじさんを見ていた。
「おじ様…もう一声!」
張りつめた空気を一気に動かすようにチカちゃんは手を合わせて、如何にもなポーズをした。するとおじさんは一つ溜息をついた。
「はあ。昨日もそうだけど、君にはな~んか弱いだよなぁ」
「えっへへ~」
「昨日の万年筆代の30万アヴァをチャラでどう? 530万アヴァで引き取る。これ以上は無理だ。だってこれどう見立ててもエオイル城の王族関係の品だろう? 余計な詮索をしないってだけでも破格のサービスだ。これ以上は無理だよ」
「ありがと、おじ様。それで結構です。ならついでにその万年筆を買い取らせては貰えない?」
「え?」
アタシは思わず顔を見た。チカちゃんは微笑んでいる。詳細は言わずとも、かなり思い入れの強い品であったことは直観的に理解してくれていたようだった。
本当に正直な事を言えば、手放したくはなかった。あの万年筆がなくなると、アタシは住吉香澄という人間で亡くなってしまうようなそんな気がしていた。
けれども。それは叶わなかった。
「あ~。ごめんね、あの万年筆、流れちゃったんだ。」
「…え」
その言葉にアタシ以上にチカちゃんが声を上げて驚いた。
「うっそでしょ!? いつ!?」
「ホントについさっきだよ。君らと入れ違いに出て行ったお客がいただろ? あの人が買ってったんだ」
「…そう、ですか」
…流れちゃったか。
ちょっと期待してしまった分、喪失感が大きかった。諦めるしかないかな、これは。
そう思ったのも束の間。チカちゃんが一気に険しい顔になった。
「おじさま。その人を追いかけたいので、さっさと換金してもらっていい?」
「知り合いなのかい?」
「違うよ。知らない人だからさっさと追いかけて交渉したいの」
「よしきた。ほら金貨と銀貨でいいかい?」
「長旅になるから、30万アヴァの内10万アヴァは細かくして。手数料は細かくしたのから取っていいから」
「…若いのに金の使い方がうまいなぁ」
おじさんは手つきで小さな麻袋を出すと、慣れた手つきで金庫の硬貨をそれに入れ始めた。チャリン、チャリンと小気味よい音が部屋に響く。
「袋はサービスだ」
「ありがと。もし今の予定が無事に終わって、余裕があったら儲け話と一緒にまた来るね」
「ああ。盛大に期待して待ってるよ、お嬢さん」
チカちゃんはおじさんに投げキッスをすると、財布とアタシの手をふんだくる様に掴んで大慌てで店を飛び出した。
壊れんばかりに勢いよく開けられた戸の音に、外で待っていた三人は身をすくませて驚いている。
「ど、どうした? 何かあったのか?」
フィフスドル君が当然の反応をしてくるが、チカちゃんはそれをまるで無視して自分の話を切り出す。
「チカ達と入れ違いに出てった人がいたでしょ? どっちに行った?」
「何だ、いきなり」
「アッチ」
「いたような気もするが…どうかしたのか?」
「もうっ! その人が架純さんの万年筆を買って出て行ったの! 何で覚えていないの!?」
「お、覚えている訳がないだろう」
「ああ、もう! …ちょっと待って。ナナシ君、今『アッチ』って言わなかった」
「イッタ。アッチ」
猫ナナシ君はジッと街道の先を見据え、左前脚をひょいと上げて指し示している。可愛い。
「ナナシ君、えらい! さっさと追いかけるよ」
「ワカッタ」
チカちゃんとナナシ君は制止する間もなしに走り出した。こうなってしまってはどうしようもなかったので、アタシ達三人は出遅れつつも急ぎ二人の後を追いかけ始めたのである。
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