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談合
相手が吸血鬼だとわかった瞬間、アタシの中にうまく形容できない安心感のような感情が芽生えた。例えば遠い町で出身が同じ町の人に出会ったり、旅行先の海外で日本人を見つけたりしたときのような感覚に近いかもしれない。
何はともあれ、普通の人間よりかは互いに落ち着いて話ができるようになったと思う。
当初の目的である吸血鬼の国に亡命して保護を願い出るためにはこの世界の吸血鬼事情をもっと深く知る必要があるのは誰しもが考えるところ。この出会いは幸運と言わざるを得ないだろう。
しかも彼らのうち、ヴァーユと呼ばれていた弓矢を携えた人はやけに興味津々な顔をこちらに向けてきている。
「訳ありなのは想像がつくけど、それを聞いても?」
アタシはまず、礼を欠きたくない一心でまずは頭を下げてから名乗った。
「住吉架純と申します。やむを得ない事情でエオイル国から逃げ出して追われる立場になっていて、吸血鬼の国であるアシンテスにこの子達と亡命しようとしています」
「亡命…」
「けれどアシンテスの場所や情勢に疎くて困っていたんです。可能な限りで構いません。少しでも情報を教えてくれないでしょうか?」
「オレとしては構わないよ」
「本当ですか!?」
アタシは思わず顔がほころんだ。
しかし、ユエさんがアタシ達の間に割っては入り一度話を止めた。
「待ってください、ヴァーユ。彼女らの素性がまるで分かりません。迂闊なことはできません」
「けど、困っているのは本当みたいだぞ?」
「この騎士達の反応をみる限り、このひとはがエオイル国の関係者、しかも噂に聞く聖女であることが示唆されています。むやみに信用するのは危険すぎます」
「ではどうすれば信用をしてもらえるかのう? 気がすむまで調べてもらって結構じゃ。教えてくれまいか?」
ノリンさんが飽くまでも下手に出てユエさんの反応を伺う。彼女は歴戦の戦士のようなキッとした視線をこちらに向けてくる。
「・・・まずは全員の名前を教えてもらいます。そしてそこの騎士の血を吸って吸血鬼であるという証を見せてください。最後にエオイル国に追われている理由とやらを包み隠さずに説明してもらいます。それができない、もしくは不審だと判断した場合は協力はできかねます」
「わかった。従おう」
フィフスドル君がそう返事をした。そして彼を先陣にみんなが名前を名乗ったあとに、騎士の首筋から流れる血を口に含んでは飲み込んでいく。そうして何とか四人の信用を得て少なくとも身の上話をする機会を獲得した。何故かチカちゃんは一人と言わず、三人全員から血を刷っていたけど。
思わぬ形で初めて人間の血を口にすることになってしまった。少々の抵抗感は残っていたけれど、吸血鬼であることを証明しなければならないという状況に迫られたのはアタシにとっては幸運だったかもしれない。こうでもしないと自分から人間の血を飲むことは難しかったかもしれない。
少なくとも四人はアタシ達が吸血鬼であることを立証しただけでも、一つの安心感を得た様子だった。
そうしてアタシは自分達の身に降りかかった出来事の詳細を言って聞かせた。
アタシと彩斗を呼び出した召喚の儀の事。
フィフスドル達を呼び出した召喚の儀の事。
そして、エオイル国の高慢な態度と綾斗の裏切り。
話をし終えても四人から質問を切り返されることはなかった。一応はアタシの話を信用してくれたと思っていいのだろうか。
すると、どうすべきか迷った視線がヴァーユに集中した。何となくは分かっていたが彼が四人のリーダー的存在であることは間違いないようだ。
肝心のヴァーユは緊張が支配する重々しい雰囲気などはまるで気にせずに飄々とした態度と声とで応じてくる。
「うん。話は分かった。その上で改めて言うと俺たちで良ければ協力しよう」
「え? 本当ですか?」
「ああ。あんたらの境遇は分かったし、同情する。同じ吸血鬼として力にもなりたい。アシンテスへ亡命したいというのなら可能な限り援助もしよう」
「あ、ありがとうございます!」
アタシは一気に救われたような気分になった。吸血鬼という存在がイメージしていた通り、悪逆非道で情け容赦ないものだという思い込みが心のどこかに残っていたからかもしれない。
やっぱり良い人間と悪い人間がいるように、吸血鬼だって良い吸血鬼と悪い吸血鬼がいるものなのだろう。
「みんな、良かったね」
アタシは呑気にそんな声を出しながら後ろに振り返った。
しかし、フィフスドル君もチカちゃんもノリンさんも少々固い顔をしながらヴァーユさん達を見ていた。
「え? どうしたの?」
アタシは思わず様子のおかしい三人に疑問をぶつけた。
今までとは打って変わってフィフスドル君たちが警戒の色を濃くしていた。そしてアタシの疑問にはノリンさんが真っ先に答えてくれた。
「少々、飲み込みが良すぎはせんか?」
「うん。チカもちょっと話が美味しすぎるかなってね」
「それにまだ貴様らの素性も名前も知らぬし、敵国の街で買い物をしていた理由も知れぬしな」
三人がそういうとユエさんが怒りを押さえてような声で反論をする。
「子供。些か無礼ではないか? それが助けを乞う者の態度か?」
「この場でできる最大限の礼は尽くしたはずだ。僕にも貴族としてこの者らを守る責任がある。助力を買って出てくれることには感謝はするが、それと信用とは別の問題だ」
取り囲んでいた空気が一気に重くなった。一触即発とはこの事だ。
しかし、そんな雰囲気がヴァーユさんの笑い声で払拭された。
「あっはっは。こいつは子供だからって侮れないね。ユエもそんな喧嘩腰になるな」
「しかし、」
「この子らの言うことは尤もだろう。逆の立場だったらユエだって絶対に同じような事をいってただろう?」
「…」
「今度はこちらの番だ。自己紹介をさせてもらう」
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