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そう言って一歩だけ歩み出て丁寧に一礼した。
「俺はヴァーユ・ホムラー。ここには買い物の付き合いと偵察とで来たんだ。で、後ろにいるあんたの万年筆を買ったのが俺の双子の姉のタイル」
タイルさんは自信がなさそうにペコリと頭を下げるだけで挨拶を終えた。第一印象から分かっていたが、あまりコミュニケーションは得意ではないらしい。
それにしてても…。
「双子、なんですね」
アタシがそう言うとヴァーユさんは盛大に笑った。
「あっはっは。似てないだろ? よく言われる。まあ男女の双子なんてそんなものさ。なあ?」
「そうですね。一緒に過ごしていると似てなくてよかったとも思えますが」
「どういう意味ですか?」
「おっと、失言」
ユエさんに睨まれた騎士はおちゃらけながらアタシ達に向き直った。
「オレはアントス・シルシィ。で、こっちが妹のユエ・シルシィ。オレ達も双子の吸血鬼だ。そして二人でヴァーユ様とタイル様の護衛の騎士をしてるってわけ。よろしく」
「護衛、ということはお偉いさんなのかのう?」
ノリンさんが言葉尻を捉えてそんなことを聞いた。少しでも情報を引き出そうとしている。
するとヴァーユさんはニヤリと笑った。
「うん、演技とも思えない。本当に俺たちの事を知らないみたいだな」
「そうですねぇ。ともすればさっきの話も結構真実味がありますよ」
「どういう事だ?」
そうフィフスドル君が尋ねると、ユエさんが凛とした声で告げた。
「ヴァーユ様とタイル様はアシンテスの中でも有力な貴族の跡取りだ。この界隈でホムラー家の名前を知らぬ吸血鬼はいない。異世界から来たという話が真実であれば勝手は違うだろうがな」
「ならチカ達の話は、ひとまず与太話って片付けられないってこと?」
「ああ。それとあんた達を歓迎するのは単純にエオイル城から逃げ出して来たって点に尽きる。敵国の城の内部情報は喉から手が出るほど欲しいに決まってるだろ? しかも噂に聞く聖女ときた。利用、といえば聞こえは悪いが興味を持たれず一蹴されるよりかはお互いにメリットがあるじゃないか」
「確かにな」
「しかし、ヴァーユ様。全て、とは言わずとも嘘を織り混ぜている可能性はあります」
「疑り深いな、ユエは」
「アントスは黙っていなさい」
アタシは少しもやもやした。
勿論、嘘は何一つとしてついていない。しかし、それを立証する手だてがない。
しかしヴァーユさんは、さも何でもないことのように言った。
「それでも構わないさ」
「え?」
「その時は作家として物語の一つでも書いてもらう。これだけのホラを吹けるなら一緒にいて楽しいし、本当ならエオイル国の事を教えてもらうだけ。どっちにしても俺はあんた達に興味津々なんだ」
ヴァーユさんはそう言って馬車の扉を開けて、アタシ達に乗り込むように促した。
「さ、少々狭くなるが乗ってくれ。さっさとアシンテスに帰ろう」
「…世話になるとするかのう」
ノリンさんがそう言ってくれた事でアタシ達に一つの安心感が生まれた。これからの事は一旦置いておいて、今はヴァーユさんの好意に甘えることにする。
爛々と目を輝かせるヴァーユさん。
未だ警戒の視線を向けるユエさん。
好意も敵意も見せず、作り笑いを浮かべるアントスさん。
そして、暗い瞳を更に伏せてもの暗さを出すタイルさん。
そんな四人の瞳を伺いながら、アタシ達は彼らの馬車の中に乗せてもらった。
すると、一番最後になったチカちゃんが未だに寝転がっているトニタさんを含めたエオイルの兵士達の首筋に牙を立てて血を吸った。ひょっとしてお腹が空いているのだろうか?
けれども、空腹を満たすような吸い方ではなかった。何かの義務感に囚われているというか嫌々に吸血しているようだった。そして一瞬だけ見せた渋い顔を元に戻すとチカちゃんらしい表情に戻る。
「お邪魔しま~す」
口元の血をペロリと舐めとりながら、チカちゃんは馬車に乗り込んだ。それを見届けるとユエさんとアントスさんが馬を操って馬車を動かす。
生まれて初めて馬車というものに乗ったがあまり居心地がいいとは言えなかった。アスファルトで舗装された道と自動車しか知らないアタシにとっては当然かもしれない。反対に生まれて初めて乗り物に乗ったであろう猫ナナシくんは目に見えてはしゃいでいた。
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