戦火

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戦火

「な、何これ? 仲間割れ?」  チカちゃんアタシの頭に過った考えを代弁してくれた。村の様子は正しく仲間割れという他ない有様だった。  逃げ惑う村人。そしてそれを追いかけるのも、また村人。  アタシ達は立ち止まり、呆然とこの状況の分析していた…と言えば格好いいけど、実際は混乱して立ち尽くしているに過ぎない。  しかし、冷静に戦況を見ると蛮行に走っている村人の様子がおかしい。目の焦点は合わず、口からだらしなく涎を垂らし、人のものとは思えない奇声を発している。  その時の事だ。アタシ達の一番近くにいた女の人の叫び声が耳をつんざく。 「トイラ! トイラ!!」 「ヴォォォ!」  見ればアタシと同い年くらいの人が襲いかかってくる少年に向かって悲痛極まりない声で名前を叫んでいる。その様子だけで二人が親子であることは容易に伺い知れた。その声は少年には届かず、母親を殺そうと襲いかかってくる。  アタシはその瞬間に足が動いていた。何がどうとかは今はどうでもいい。助けられる人を助けないと。気持ちが定まると自分でも驚くくらいに体が思いに答えてくれた。数十回と訓練したような動きでインクの魔法を扱うと少年をがんじがらめにして行動を封じた。その隙に母親に歩み寄って助け出す。 「大丈夫ですか?」 「あ? え? あなたは?」 「旅の者です。何があったんです?」 「わ、わかりません。いったい何が? トイラ…トイラは!?」  母親はアタシを払い除けると無我夢中になって子供を助けようとした。しかしインクで捕らえているだけで様子が元に戻った訳じゃない。けれどそんな制止で止まってくれるはずもなかった。  すると見かねたノリンさんが彼女のお腹に一撃を与えた。確かにここまで気が動転している人間を止めるには気絶させる他ないか。 「状況から察するに、突如としてして村人の一部が暴れ始めた。原因は不明、そして混乱に陥っていると」 「ああ。現状じゃそれ以上もそれ以下も言えないね」 「ならば、様子が変わっていない村人を助け、そうでない村人を制圧しますか?」 「せ、制圧って…まさか」 「殺します」  ユエさんは事務的に返事をする。アタシも反射的に反論をした。 「だ、ダメだよ!」 「ではどうしろと?」 「何とかノリンさんみたいに気絶させたりして…」 「襲われている人間を助けつつ、襲いかかる人間を器用に気絶させろと?」 「…うん」 「現実的ではありません。ただでさえ私たちは数で劣っているのですよ。そのような甘い考えで戦うくらいなら、見捨てる方が懸命です。命がいくつあっても足りません。それに気絶させたとて暴走が止まる保証もない」  その言葉と口調は私の胸に深く突き刺さる。宮城の地下でフィフスドル君たちを助けようとしたときの彩斗の事がちらついた。戦場というものを知らないと言われればその通りだ。  だけど…。  反論をしたいのに、言葉がうまく出てこない。  するとその時、フィフスドル君が助け船を出してくれたのだ。 「全員を無傷で、とは行かずとも行動を封じることくらいはできるのではないか?」 「同じことです。戦いに余計な制約をつけるべきではないと…」 「僕はお前とは話していない。貴様の主に言っている」 「な!?」 「世話になった村人を殺めるのはお前達の意向に反するだろう。それとも貴様を含めて部下達はそんな器用な立ち回りができぬほど、未熟な使い手か? ならば僕に頼るといい」 「子供! 下手に出ていれば…」  と、憤慨を露にするユエさんをヴァーユが止めた。 「君の言う通り、村人を助けたいのは違いない。しかしユエの言うことも尤もだ。ところが君の口ぶりから推察するとどうにかできるだけの何か秘策があるのかな?」 「ああ。と言っても実際に動くのはここにいる全員だがな」  自信満々のフィフスドル君の様子にいつしか全員の目が釘付けだ。 「勿論。指を咥えて見ているなんて事はしないさ」 「儂も同じじゃ」 「チカだって」 「オレモ」 「ならば良し」  彼はふっと笑った。そして次の瞬間、フィフスドル君の足元に魔法陣が現れた。あの召喚の儀式で見たのとは形や様子が全然違う。陣からは上昇気流のような風が吹き、マントがバタバタと激しく靡く。  するとアタシ達は自分達の体に変化があることに気がついた。  体の内側からふつふつと沸き上がるこの気持ちと力はなんだろう。明らかに体は軽くなったし、多分だけど魔力も増えたような気がする。潤沢な活力と爽快感とが全身を縦横無尽に駆け巡っていく。  この感覚を味わっているのはアタシだけじゃない。  ノリンさん達もヴァーユさん達もアタシと同じ興奮を味わっているようだった。 「こ、こいつは一体?」 「こちらの面々にはいつか話したが、僕は血魔術という魔法を扱う。最も単純に説明をすれば僕が定めた吸血鬼の力を高めるのだが、効果のほどは…わざわざ説明するほどでもないだろう?」  フィフスドル君の言葉に全員が興奮を押さえきれぬ様子で頷く。 「確かに、こいつはすごい…!」 「多少の無理でもごり押しが叶いますねぇ」 「アントス、感動するのは後です。手段が確保できたのなら、すぐに行動に移さないと元も子もなくなります」 「まったくせっかちな妹だ…と言いたいが今回はそのようですね」 「ああ。とにかく全員で暴れる村人の制圧に取りかかろう。当然、殺しは厳禁だ」  するとノリンさんが最後に提案をしてきた。 「少し前に会ったばかりのヴァーユ殿達と連携が取れるとは思えん。大雑把にそちらとこちらで二手に分かれる方が互いの足を引っ張らずにすむと思うがどうじゃ?」 「同意見だ。ならば俺たちは村の北側を、アンタ達はこの南側を任せるってのでどうだ?」 「問題ない。この村程度の面積であれば僕の血魔術の範囲内だ。何も気にせずに戦うといい」  その言葉を最後にアタシ達は一斉に動き始めた。  ヴァーユさん達はエオイル国との戦争の最中にあることも手伝ってか、四人といえども迅速に戦いに参じていく。  反面、こちら側はそうもいかない。戦場が初めてどころかケンカだってしたこともないお荷物がいるからだ。つまりはアタシである。ノリンさんもチカちゃんも一先ず目についたところにいる暴れる村人達を次々に制圧していく。ナナシ君だって影に入り込む能力を駆使して逃げ惑う人たちをどんどんと助けているというのに、アタシはあたふたするくらいしか動けないでいる。  何とか助けたいと言ったのはアタシなのに…。  そんな場合じゃないとは分かっていても、不甲斐なさや申し訳なさで胸を締め付けられている。  するとその時、暴れまわる村人が当てずっぽうに投げた家屋の破片がアタシ目掛けて飛んできた。避けることはおろか、防御することだって間に合わない。アタシは短い悲鳴を上げて身を強張らせることしかできなかった。  しかしバキッという鈍い音が聞こえこそすれ、痛みは一向に訪れない。  それもそのはずでフィフスドル君が身を呈してアタシの事を庇ってくれたからだ。 「大丈夫か?」 「う…うん。ごめんね」 「戦えないまでも身を隠したり、守ったりくらいは心がけろ」 「けどアタシが助けたいって言い出したのに、何もしないなんて」 「自分にできることをすればいいだろう? というよりもこの場ではお前にしかできぬことがあるじゃないか」 「え? アタシにしかできないこと?」  言わんとしている事が全然ピンと来ない。そんなアタシを見ていたフィフスドル君はやれやれと言わんばかりのため息を吐いた。 「お前にはインクの魔法の他に治癒の力があるんだろう。森で見せてくれたではないか」 「あ」 「少々粗っぽい方法で村人達を助けているんだ。全員が無傷とはいかん。そういうときこそお前の出番じゃないのか?」  そ、そうだ。すっかり忘れていた。  治癒の術自体がこの世界ではかなり希少な能力であるのだから、フィフスドル君の言う通り怪我をした村の人の治療はアタシにしかできない事だ。  やるべきことが明確になった途端、アタシの心に火が灯った。  それを見たフィフスドル君は凛とした声で言う。 「怪我人をここに集めさせよう。幸いノリンもチカもナナシも苦戦している様子はない。一つ手間を増やすくらいの事は卒なくこなせるだろう。その後はお前に任せる」 「…うん」 「どうした?」 「その、アタシって、血が凄い苦手というか」 「ん?」  この期に及んでまで弱気な思考に苛まれている自分が憎い。  けれどエオイル城にいたときの自分を思うと、とても自信満々に応えられるとも考えられない。  するとフィフスドル君は急に意味不明な行動を取った。  自分で自分の腕を切り裂いたのだ。 「え!?」  と、驚愕するアタシを他所にずいっと血の滴る腕を見せつけてくる。しかし血みどろの腕を目の当たりにしているのに、あの全身を毛虫が這い回るような嫌悪感や恐怖心はまるで出てこない。  いや、むしろ…血の匂いは芳しく、その色味は蠱惑的だ。  そしてキョトンとしているアタシに向かってフィフスドル君が言う。 「どうだ? 怖いか?」 「ううん。大丈夫…」 「当たり前だ。お前はもう吸血鬼、血を恐れなどするものか。そもそも僕らの血を飲むのは平気だったじゃないか」 「え? あ。そう言えば」 「今更気がついたのか? 中々にぼんやりとしているな…」 「ご、ごめんね」  アタシが情けのない声を出すと、 「だ、大丈夫だ。そんなお前もぼ、僕が守るからな」  と返してきた。  思わずフィフスドル君の顔を見る。彼は一世一代の覚悟を決めた顔と気恥ずかしさを一緒くたにしたような顔をしていた。  そんな彼の顔を見ると二つの情念が湧いた。  アタシを吸血鬼にしてしまった責任もあるだろうけれど、それでも守ってくれると明言してくれたのは心の底から嬉しく思う。  そして同時にみんなの事を守ってあげたいという感情だ。こんなおんぶに抱っこの状態で何を言うんだという考えはこの際一旦は置いておこう。  エオイル城にいた時みたいに後ろで誰かの無事を祈っているだけなんて真っ平ゴメンだ。  そうして心と瞳に火を灯したアタシは毅然としてフィフスドル君へ告げる。 「ありがとう。アタシ、頑張るから」  すると彼は何故か顔を赤らめて、 「う…うむ」  と、しどろもどろな返事をしてきた…何で??
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