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ところが休む間もなく、アタシ達は消火活動や救助活動に駆り出した。暴動は完全に鎮圧できたけれど、怪我人や倒壊した家屋に閉じ込められた人たちが助かった訳じゃない。みんなに力仕事を任せて、アタシは治癒の術に集中する。
気絶していた人たちも徐々に目を覚まし、再会と無事を家族で確かめ合っていた。この場面を見られただけで、アタシは自分の行動を肯定できた。本当にみんなが助かってくれて良かった。
そうして人心地がつくと、損傷が少ない家の台所や即席の竈を使って煮炊きを始めた。間もなく日の出を迎える時間だが、そんなことを気にする人は誰もいない。
アタシ達もお礼と共に振る舞われた食事にありつきながら、落ち着きを取り戻した村民達に事情を聞き始めていた。
しかし誰に聞いたとて返ってくる答えは同じだった。
「全く分かりません。なぜ、皆があんな狂暴に…」
「普段と違うことはなかったのか?」
「それも…心当たりがありません。程度の差はあれど皆は普段通りにしていましたから」
するとノリンさんが呟くように言った。
「あの様子を見るに操られているという感じはなかった。むしろ魔法…この場合は呪いかのう。そんなもので正気を失っていたと見受けるが」
「呪い…」
「村人が異変を感じなかったとすれば、外部からの要因が考えられる。例えば不審な旅人が来たとかはないか?」
「いえ…私たちが知る限りは。こっそりと入られたとしたら別ですが」
「もしくは定期的に訪れる者はいないか? その者が邪な誰かに利用されたり、唆されているという事もありうるが」
その言葉に村長が一つの心当たりを思い出したようだった。
「強いて言えば…」
「言えば?」
「農作物を買い付けに来る商人でしょうか。もしくは今日来たエオイル城の騎士様とか…」
エオイル城の騎士という言葉にアタシ達はもれなく反応した。同時に妙な勘が働いた。ノリンさんは言葉を続ける。
「エオイルの騎士が何のようで?」
「税の徴収や村民の名簿や作物の出来高などの確認が多いです。今日に限っては救済品をお持ちくださいましたが」
「救済品?」
「ええ。去年は作物の出来が悪く、兼ねてから王宮へ支援をお願いしていたのです。まあダメ元でですが…当然のように梨の礫だったのですが、急に今になって食料品や衣服、医療品などの支給がありまして」
「あ」
と、アタシは声を出した。そう聞いて思い当たる節があったからだ。
「ひょっとしてトニタさんじゃない? さっき森の中で会った」
「ああ、あいつか」
「その救済品とやらはまだあるんですか?」
「え? はい。燃えていなければ」
「王宮を疑う訳じゃありませんが、見せてもらえませんかね。村長」
「どうぞ。ヴァーユさんの頼みでしたら。そもそもあなた方は恩人だ。できる限りの事はさせてもらいます」
「助かります」
「村の倉庫にあるはずなのでご案内します」
「結構ですよ。倉庫の場所なら覚えています。村長は家族や村のみんなのそばにいてあげてください」
そう告げたヴァーユさんを先頭に、アタシ達はぞろぞろとその救済品とやらが保管されている場所に移動し始める。すると道すがら話題がアタシの使った正体不明の魔法へと変わった。
「ところでさ、さっきの架純さんの魔法はどういう仕組みだったの?」
「ああ、それは僕も気になっていた」
「それはアタシもよく分かってないんだよね。ただ…あれは間違いなく漢字だった」
「「カンジ?」」
アタシがぼそりと呟いた言葉をノリンさんを除いた全員が鸚鵡返しに言った。
そりゃそうか。ヴァーユさん達とチカちゃんは完全に異世界の住民だし、フィフスドル君は外国人、ナナシ君は生まれたてに加えて国籍まで不明。漢字を知っているはずがない。
「オレ、カンジ、シラナイ」
「えっと、アタシのいた世界でアタシが暮らしてた国が使ってた文字なんだけど」
「あのシンボルマークのようなものがか?」
「あ、見えてたんだ。アレは多分…」
「甲骨文字ではなかったか?」
ノリンさんがアタシの台詞を食って、言いたかったことをそのまま言ってしまった。てかすごいな、ノリンさん。甲骨文字まで知ってるんだ。
「そ、そうです。アタシも同じことを言おうと思っていました」
「やはり架純殿もそう思うか」
「また分からない単語が出てきたぞ。コウコツモジとはなんだ?」
「漢字の更に昔の形の事だよ。最初は絵だったり、動物の骨とか亀の甲羅に彫られていたのが時代が下るにつれて簡略化されてより書きやすくなったんだ」
「ふむ…で? さっきのは何と書いてあったんだ?」
「それが…咄嗟のこと過ぎてよく見えなかったと言いますか…」
「なんだと?」
「たはは」
「心配するな。儂が覚えている」
呆れ返るフィフスドル君を横目にノリンさんは適当な棒切れで地面に文字を書いた。やっぱり甲骨文字だ…しかもこの文字は。
「『純』という文字だと見受けたが、どうじゃ?」
「はい。その通りだと思います」
「しかもこの文字は架純殿の名前にも使われているのう?」
「…はい」
ノリンさんは切り崩すかのようにアタシに質問をしてくる。まるであの魔法の正体が分かっているかのようだ。そして事実、ノリンさんはアタシの使った正体不明の魔法について断定こそしないがある仮説を立てていたのである。
「だとすれば、あの魔法について一つの仮説ができた」
「え?」
「どういう事だ?」
「漢字はのう、たった一文字の中に複数の意味を内包している場合が多い。この『純』という字は生糸を指し示したり、あるいは混じりけや穢れがないという意味がある。あの男が何か要因で姿を変えていたとして、その混じりけを魔法にて取り除いてしまったと考えれば…」
「点と点が線で繋がるということか」
ヴァーユさんの指摘に頷いたノリンさんは更に言葉を続ける。
「他の点を繋げると思うて続けて言えば、万年筆を触媒として架純殿の血に反応した。察するにキーワードは名前じゃな。対象の血を万年筆に触れさせることで彼の者から名前に使われている文字を探り、その文字の内包している意味を具現化してしまう魔法、というのが儂の見立てじゃ。これならばあの瞬間に起こった事や『純』という文字が飛び出してきたのにも説明がつく。回を重ねれば更に詳しく分かるかもしれんが、現状で言えるのはこのくらいかのう」
「す、すごいな。仮説とは言えたった一度見ただけでそこまで想像力を働かせるとは」
「考えるのはタダじゃからのう。それに偉そうに言っておるが、あくまでも仮説じゃ。鵜呑みにするなよ。確実に分かっておるのは、小僧がおらんと架純どのはその魔法を使えんということじゃな」
「なるほど。僕の血魔術で架純の力が強化されてこそ使える魔法と言うことか。それはそうと小僧は止めろ!」
例によってフィフスドル君が小僧呼ばわりに憤慨の色を呈する。するとそのタイミングでヴァーユさんの足が止まった。
見れば何かの建物があったであろうことが辛うじて分かるような、炭になった家屋の基礎がある。要するに心配していた通り、倉庫が全焼してしまったということだ。
皆が目を皿にして何かの痕跡や怪しい箇所を探し始める。結局は何も見つからなかったけれど、それでも情報がない訳ではなかった。その状況確認の口火を切ったのはユエさんだった。
「倉庫は全焼してしまい、確たる証拠は掴めませんね」
「けど、何をどう考えても火元はここにあったんじゃないですかねぇ。燃え方が特に激しいですから」
「だな。村人たちを凶暴化させる呪いを送り込み、混乱のどさくさに紛れて燃やした。俺くらいのお人好しでもそんな妄想が捗って仕方がない。ま、それがエオイル城の仕業と考えるのは早急か」
「…同国の領民を凶暴化させる理由が分かりませんから」
「端的に見ればむしろオレ達吸血鬼側の仕業じゃないですかねぇ。こういう強行手段をとろうとしている奴もいなくはない…おっと滅多なことは言わない方がいいですねぇ」
「いずれにしても憶測の域はでないな」
そう言って現場検証を結ぶとヴァーユさんはアタシ達に言う。
「功労賞のあなた達を休ませたいのは山々だが、すぐにここを発ちたい。行けるか?」
「え? 休まないんですか?」
と、アタシはすっとぼけた質問をする。
「ああ。これだけの騒ぎだ、直にエオイル城の騎士がやってくる。俺達にとっては百害あって一利なしの相手だろ?」
「う、確かに」
ぐうの音も出ないほどの指摘だ。そしてその事に異を唱える人は誰もいない。
助けただけで家や仕事道具を無くしてしまった村人は大勢いる。その人達を見て見ぬふりして出発するのは心が痛むが、流石にそこまではアタシの力でもどうしようもできない。
せめてエオイル城の騎士が親切な対応をしてくれる事を願うばかりだ。
アタシ達は上手く人目を掻い潜り、リステの村を出た。訪れた時と同様に馬車に乗り込むと一目散に森に姿を暗ませた。
そして深い森の奥に身を隠すと日没が訪れるのを待った。夜営やなぬ昼営となったがアタシはタイルさんと共に馬車の中を使わせてもらった分、野宿よりもいくらか快適だった。
他のみんなはというと、交代で寝ずの番をしながら器用に樹上の枝葉の間に収まっていたらしい。
フィフスドル君は最初は文句を言っていたが、ヴァーユさんやノリンさんからサバイバル術のようなものの指南を受けるにつれ、若干目を輝かせていた。
やっぱり男の子だなぁ、と微笑ましく思ったりもした。
そうして一昼を過ごしたアタシ達は再びアシンテスを目指して動き始めた。
お城の生活に比べればかなりの疲労感はあるし、緊張も続く。快適さなんて雲泥の差がある。それでもアタシはコッチの方が
いいと思っていた。
それくらいみんなと喜怒哀楽を共にするのは、絶賛傷心中のアタシにとってはありがたい時間となっていた。
絶対に元の世界に帰れる。なんだったらみんなのいた世界にだって行ってみたい。
夢や希望というよりも願望に近い思いだったが、アタシの中には何やら確信めいてその感情が居座り続けていた。
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