儀式

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 短いような長いような、よく分からない時間を過ごした日没の後。  アタシは召喚士や大臣、兵隊たちに同行していつかの地下室を訪れていた。  正直、居たたまれない。叶う事なら逃げ出したかったが、それは許されなかった。恭しく、そして迅速に召喚の儀式の準備が進められている。ほんの三カ月前の事なのに、もう何十年も昔の事に思えるのは何故だろうか。  ところで気が付いたこともある。  アタシ達が召喚された時よりも、幾分人数や道具の数が少ないように思える。記憶が確かならもう少し仰々しい雰囲気があったと思ったのに。ひょっとしてケチっていない?  大臣も時間と労力がかかると溢していたけれど、以前とここまで様式を変えてしまって大丈夫なのだろうか。何だか胸がもやもやとしてくる。ただ、やはりそれを口に出すことはできなかった。 「では始めます」  召喚士のリーダーが短く、そう言った。  その言葉をきっかけに地下室にいた全員に緊張が走ったのが分かった。そしてこの場で一番緊張しているのは多分、アタシだ。  ブツブツと聞こえそうで聞こえない呪文が輪唱されていく。すると徐々に魔法陣に魔力が蓄積されていくのが肌でも感じて取れた。  …けれど。  何だか様子がおかしいのは気のせいだろうか。  上手く形容できないけれど、地下室に蔓延る気配と魔力が禍々しく思えて仕方がない。  やがて俄かに魔法陣が光り始めると、皆が声を上げた。アタシは初めて見たから分からないが、ソレはきっと召喚が成功すると言う兆しなのだろう。静電気のような細く青白い稲光が巻き起こり、暗く湿った地下室が日向と見紛うくらいに明るくなった。  そしてその光が収まると燭台の明かりに照らされて、四つの人影が魔法陣の上に現れていた。 「おおっ!? またしても成功したぞっ! しかも今度は四人もだ!!」  エオリル国の人間の興奮は最高潮に達した。そして彼らの士気が上がるほどに、アタシの気持ちは反比例に沈んでいく。せめてこの人たちが安心できるように、精一杯接してあげるくらいしかできないのがもどかしい。  すると召喚されたうちの一人が幼さの残る声で言った。 「な、なんだここは? 貴様らは誰だ?」  その声を聞いて全員がハッとして改めて召喚された四つの人影をまじまじと見た。儀式に応じて召喚された四人は、なんと全員が子供だったのだ。  洋服とマントを羽織り、まるで小さい紳士のように振る舞う金髪の少年。  濃い緑色の和服と紺袴を履き、腰に刀を携えているざんばら髪の少年。  桃色の髪をツインテールに結い、いわゆるゴスロリ服に身を包んだ少女。  顔の半分が隠れるほど黒髪を伸ばした何故か全裸の少年。  四人が四人とも警戒したり、怯えたりするような態度を取っている。少なくともアタシと彩斗のように顔見知りの間柄という訳ではないらしい。  まさか…子供が召喚されるなんて思いもしなかった。  そう思うと悲しさが募り、身体が勝手に前に出ていた。少なくとも武装した兵隊が声を掛けるよりもアタシが率先した方がこの子たちも安心だろうと思ったのだ。 「色々不安だと思うけど、まずは話を聞いて。乱暴な事は絶対にしないって約束するから安心して」 「…」 「皆さんは少し下がって頂けますか? 武器を持っている人たちは一端、それを置くなり、しまうなりしてください。まずはこの子たちを安心させてあげたいんです」  アタシはすぐに皆を引き下がらせた。大人のアタシ達でさえ度肝を抜かれるほどに混乱していたのだ。こんな子供たちなら尚更取り乱さない方がおかしい。  兵士たちはすぐにアタシの言葉に従ってくれた。子供が相手となれば、この中では唯一女であるアタシが一番適任だろうと考えてくれたみたい。四人はそれだけで警戒を解いてはくれなかったが、ひとまず話を聞く余裕くらいは持たせられたようだった。 「色々と聞きたい事はあるかもしれないけれど、まずはこの状況を説明するね」  アタシは精一杯に優しく微笑んで子供たちに事情を離し始めた。尤もどこまで信じてくれるかは怪しい所だったが。  けれども中々どうして。幼さが残っているのに取り乱すことはしないで大人しくこちらの説明を聞いていてくれた。最近の子供は大人びているとは思っていたけれど、ここまでなのだろうか?  やがて話を終えると着物姿の少年が、 「ふむ。奇天烈な話じゃのう」  と渋く呟いた。  理解力が高いのか、それともこちらの話を信じていないのか。とにもかくにも四人はそれから口を開かずじっと押し黙ってしまっていた。  そして彩斗が言う。 「事情を分かってくれたならひとまず上に上がろうか? 夜も更けているし、詳しいことは明日からでもいいんじゃないかな?」 「そうだね。まずはこの子たちに食事と寝床の用意をしてもらおう。それにあの子に何か羽織るモノも…」  アタシ達がそう提案すると大臣を始め皆が賛同してくれた。流石に子供相手に無理難題を押し付けるような事はしなさそうで一安心だ。  けれども、地下室を出ようと動き出したとき金髪の少年がそれを拒否してきた。 「それには及ばない」 「え?」 「貴様らに協力はしないし、できない」  アタシ達は全員が固まった。それは申し出を断られたという事もそうだが、金髪の少年の放つ並々ならない気配というかプレッシャーに圧されたのだ。とても子供とは思えなかった。
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