儀式

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 金髪の少年はちらりと隣の三人を見て言う。 「君たちもそうだろう?」 「今の話を聞く限り、儂らには無理じゃろうな」 「だね~。チカも無理だと思う」 「…」  やはり四人は拒絶的な反応を示す。不安や疑問から駄々をこねたり、我儘を言っている風ではない。確固たる意志の元にアタシ達を拒否している。どうして?  その疑問はアタシの代わりに彩斗が尋ねてくれた。 「一体どうして? 不安かも知れないけれど、まずは、」 「まだ気が付いていないのか、間抜け共。僕たち四人は人間じゃない。全員が『吸血鬼』だぞ?」 「…え?」  この子たちが吸血鬼…?  エオイル国と戦争をしている種族。  人を襲い、生き血を啜る怪物。  そう聞かされた途端、四人の雰囲気が変わった気がした。暗い地下室の中で、四人の瞳と口元から覗く鋭い牙がキラリと光る。ゾクリと背筋が寒くなり、冷や汗が出る。するとその瞬間、戦う能力の乏しい召喚士や大臣が悲鳴を上げた。 「う、うああぁぁぁああっ!!??」  悲鳴は混乱を呼び、訓練を積んでいるはずの兵士たちも取り乱して地下室から逃げ始めた。それでも彩斗と豪胆さを持った何人かは武器を取り戦う姿勢を見せる。  そしてその戦闘態勢を見た瞬間、アタシの中で何かが切れた。  気が付けばアタシは前に躍り出て、身を挺しながら四人の吸血鬼を守ろうとしていた。  アタシのそんな行動を見て全員の緊張と混乱と興奮は更に昂った。 「架純、何をしてるんだ!?」 「彩斗こそ何をするつもり!?」 「殺すに決まってるだろ! 吸血鬼だぞ!?」 「相手は子供なんだよ」 「関係あるか!」  彩斗は正真正銘の殺気をアタシにぶつけてきた。ビクリと体が強張った。けれどその分、心がどんどんと熱くなったのが分かる。 「架純は実際に吸血鬼を見たことがないだろう? 奴らは人を襲う怪物だ。例え子供だって人間の犯罪者よりも凶悪だ」 「…勝手過ぎるよ。彩斗もエオイルの人達も。自分たちの都合で無理矢理召喚しておいて、期待外れだったから処分するって事? あなたたちの方がよっぽど凶悪じゃない!」 「話にならない。どけっ!」 「どかないっ!!」  アタシは万年筆を取り出してペン先を彩斗に向けた。自分でも名前が付けられない感情が魔力に乗っかっているのが感じられた。  ペン先から飛び出すインクは、いつかの時のような細い蛇とは違う。  どんどんと寄り集まっては人の形を成していく。そして最後にはいつか絵本で見たことのある魔法のランプから現れる魔人のような大男になった。 「なっ!?」  立て続けに予想外のことが起こり過ぎたのだろう。流石の兵士たちもとうとう体が反応しきれなくなっている。その隙をついて筋骨隆々のイフリートは丸太のような太い腕でアタシの前にいた兵士と彩斗を無理から壁に押し込めた。 「ぐあぁぁっ!!」  その声をきっかけにアタシは後ろの四人に向かって叫ぶ。 「逃げるよっ! 着いて来て!」  アタシは四人の吸血鬼たちと徒党を組んで地上へ出る階段を駆け上った。出口には恐る恐る様子を伺っている人たちがいたが、アタシの後ろを駆ける吸血鬼を見た瞬間に叫び、蜘蛛の子を散らす如く逃散し始める。  走り出したはいいものの、どこに行けばいいかは全然わからなかった。だってエオイルに来てから城壁の外に出れたのは一度きりの事だったから。いや、だからこそ城から抜け出すには、唯一知識として知っている城の裏にある出入り口を目指すしか選択肢がなかったのだ。  すると逃げる途中で騒ぎを聞きつけたのか、メイリオが廊下の角から顔を出した。まさか召喚に応じたのが吸血鬼だとは思いもしていないだろう。走り寄るアタシ達を見た瞬間、「は?」というなんとも間抜けな顔を晒してきた。そしてその顔を見たアタシの右手が勝手に動き、すれ違いざまに思い切りよくビンタを食らわしていた。  メイリオがその時にどんな顔をしていたのか、走り去ってしまったのでそれは分からない。  けれども「ぎゃぉっ!?」という、普段の彼女からは想像できない程に素っ頓狂な悲鳴と壁に頭をぶつけるような鈍い音は耳に届いていた。それだけで十分だった。  唐突に四人もの吸血鬼が城内に現れたものだから、瞬く間に火をつけた様な混乱が広がる。  そのおかげかアタシ達は大した障害もなく城を抜け出すことができた。唯一知っている出入り口のすぐ近くは鬱蒼とした森が広がっていたはず。ひとまずはそこに身を隠すことだけを考えていた。
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