十蔵という人

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十蔵という人

 佐々木十蔵という人は、この街の至るところに先祖代々からの土地があり、畑として貸していたり、アパートも何軒も所有している。  ここから、車で2時間ほど離れた場所には、十蔵が最初に築き上げた会社EARTH《アース》がある。  EARTHは、元々は、庭の手入れなどを行う造園業をしていたが、時代が変わるとともに変化し、家庭や市の施設の園芸関係、それに伴う広告やイベント業務を担う会社に変わっていった。  十蔵は、千代が亡くなってから仕事への情熱が薄れ、引退も考えたけれど、周りからの意見もあり会長職につき、会社での仕事は、開業当時から共同経営をしている社長の安田悟(やすださとる)に任せていた。  そんな十蔵は、華にとってはすごく優しいおじいちゃんだ。  小さい頃は、「じいじ〜!」と呼んでいたけれど、物心ついた頃、それまでばあばと呼んでいた十蔵の妻の千代(ちよ)が亡くなって親戚がこの佐々木家に沢山来た時、華より少し大きな男の子が『じいちゃん!』と呼んで抱きついてるのを見てしまった。  華は、現実を見てしまった気がした。  十蔵と千代は、自分のじいじやばあばではないんだ…と実感してしまい、それからは、『十蔵さん』と呼んでいる。  ただ、最初に『十蔵さん』と呼んだ時の、少し寂しそうな顔をした十蔵の顔は、今でも覚えている。  それでも、華と同じくらいの男の子が、十蔵を「じいちゃん!」と呼んでいる姿を見て、華は同じように呼んではいけない…幼心にそう思ってしまった。  十蔵には一人娘がいる。  娘が結婚した当初、仲違いをして連絡をあまり取らなくなっていたと、千代がさくらと華に話してくれていた。  千代とは電話で話すのに、十蔵は電話ですら話したがらなかったと、少し悲しそうに話してくれた千代の横顔が、華の頭の中に焼き付いていた。  千代が亡くなってから、時々来ていた十蔵夫婦の娘家族。  さくらが家族団欒を壊さないようにと、家事手伝いを休みますと十蔵に伝えた所、 『さくらさんが来れなくなるなら、帰らせる』  そう言われてしまい、戸惑いながらも、さくらは十蔵の家に通っていた。  十蔵の娘の成田香菜(なりた かな)は、少し強気な所が十蔵によく似ているけれど、優しい性格は千代似だ。 「勝手に結婚決めて、(あつし)と、あっ、淳は夫ね。淳の仕事の関係で海外に行ったことが怒れてるのよ。お父さん。もう昔の事なんだから許してくれてもいいじゃない?」  さくらに、そう香菜がボヤいていた。 「十蔵さんは、怒っているのではなく、淋しいのかと…。これからたくさん顔を見せに来てくれたら喜びますよ」  香菜に、さくらがそう伝えると、 「ホントに?あ〜、でもなかなか仕事で連休取れないから、ホント、たまにしか…」  そう呟く香菜に、 「それでも、来てくだされば喜びますよ」  と、さくらが微笑んだ。  さくらの顔をじっと見つめる香菜。  その様子に、さくらは首を傾げた。 「…何か?」  そう問いかけると、 「…父さんや母さんのそばにいてくれてありがとう。こんなに穏やかに母さんを見送れるのも、あなたのおかげだわ」  そう言って、さくらの両手を包み込むように、香菜は両手で優しく触れた。 「こちらこそ、ありがとうです。千代さんには、本当にお世話になりましたから」  そうさくらが答えると、二人は嬉しそうに微笑みあった。
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