3人が本棚に入れています
本棚に追加
十蔵という人
佐々木十蔵という人は、この街の至るところに先祖代々からの土地があり、畑として貸していたり、アパートも何軒も所有している。
ここから、車で2時間ほど離れた場所には、十蔵が最初に築き上げた会社EARTH《アース》がある。
EARTHは、元々は、庭の手入れなどを行う造園業をしていたが、時代が変わるとともに変化し、家庭や市の施設の園芸関係、それに伴う広告やイベント業務を担う会社に変わっていった。
十蔵は、千代が亡くなってから仕事への情熱が薄れ、引退も考えたけれど、周りからの意見もあり会長職につき、会社での仕事は、開業当時から共同経営をしている社長の安田悟に任せていた。
そんな十蔵は、華にとってはすごく優しいおじいちゃんだ。
小さい頃は、「じいじ〜!」と呼んでいたけれど、物心ついた頃、それまでばあばと呼んでいた十蔵の妻の千代が亡くなって親戚がこの佐々木家に沢山来た時、華より少し大きな男の子が『じいちゃん!』と呼んで抱きついてるのを見てしまった。
華は、現実を見てしまった気がした。
十蔵と千代は、自分のじいじやばあばではないんだ…と実感してしまい、それからは、『十蔵さん』と呼んでいる。
ただ、最初に『十蔵さん』と呼んだ時の、少し寂しそうな顔をした十蔵の顔は、今でも覚えている。
それでも、華と同じくらいの男の子が、十蔵を「じいちゃん!」と呼んでいる姿を見て、華は同じように呼んではいけない…幼心にそう思ってしまった。
十蔵には一人娘がいる。
娘が結婚した当初、仲違いをして連絡をあまり取らなくなっていたと、千代がさくらと華に話してくれていた。
千代とは電話で話すのに、十蔵は電話ですら話したがらなかったと、少し悲しそうに話してくれた千代の横顔が、華の頭の中に焼き付いていた。
千代が亡くなってから、時々来ていた十蔵夫婦の娘家族。
さくらが家族団欒を壊さないようにと、家事手伝いを休みますと十蔵に伝えた所、
『さくらさんが来れなくなるなら、帰らせる』
そう言われてしまい、戸惑いながらも、さくらは十蔵の家に通っていた。
十蔵の娘の成田香菜は、少し強気な所が十蔵によく似ているけれど、優しい性格は千代似だ。
「勝手に結婚決めて、淳と、あっ、淳は夫ね。淳の仕事の関係で海外に行ったことが怒れてるのよ。お父さん。もう昔の事なんだから許してくれてもいいじゃない?」
さくらに、そう香菜がボヤいていた。
「十蔵さんは、怒っているのではなく、淋しいのかと…。これからたくさん顔を見せに来てくれたら喜びますよ」
香菜に、さくらがそう伝えると、
「ホントに?あ〜、でもなかなか仕事で連休取れないから、ホント、たまにしか…」
そう呟く香菜に、
「それでも、来てくだされば喜びますよ」
と、さくらが微笑んだ。
さくらの顔をじっと見つめる香菜。
その様子に、さくらは首を傾げた。
「…何か?」
そう問いかけると、
「…父さんや母さんのそばにいてくれてありがとう。こんなに穏やかに母さんを見送れるのも、あなたのおかげだわ」
そう言って、さくらの両手を包み込むように、香菜は両手で優しく触れた。
「こちらこそ、ありがとうです。千代さんには、本当にお世話になりましたから」
そうさくらが答えると、二人は嬉しそうに微笑みあった。
最初のコメントを投稿しよう!