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好きな人が結婚することを知った。狐塚は泣きながらジムに行って泣きながら筋トレをして泣きながら帰宅して泣きながらプロテインを摂取し泣きながら眠った。
自分と好きな人との関係が良好になることなど期待していなかった。相手から「友達のままでいよう」と言ってもらえて続けられた関係なのだから、それより特別な存在になりたいなどと要求することはできない。それでも、彼が本当に手の届かない存在になってしまったことが辛かった。
いつもと同じ時間に起きたが、眠りが浅く睡眠を取った気がしない。頭が痛いし目も痛い。シャワーを浴びてみたがぼんやりする頭ははっきりしなかった。鏡を見て昨夜ピアスを外さずに眠ったことに気がついた。シャツを着替えて床に放り投げた作業服を羽織ってアパートを出た。
雲ひとつない空は却って気が滅入る。近所を散歩する老夫婦がやけに健康的で爽やかで幸せそうに見える。目を擦ると抜けた睫毛が目に入った。カフェでコーヒーを買って飲んだら舌を火傷した。些細なことが積み重なって駅へ向かう足取りがどんどん重くなっていった。
舌がヒリヒリするし目も開かないまま山手線に乗り十分ほど電車に揺られて巣鴨駅で下車。南口から道をほとんど曲がらずひたすらまっすぐ歩く。何個目かの交差点沿いのビルが半年間だけ狐塚が勤める会社のオフィスだ。従業員用通用口の端末に胸ポケットから出した社員証をかざして建物に入った。
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