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キーンコーンカーンコーン
(懐かしいチャイムだ)
俺は30年ぶりに小学校の敷地に足を踏み入れた。今日は授業参観日。20代から60代程度までの老若男女がそれぞれ我が子の活躍を見にここにやって来ている。
2年2組の教室を覗く。少し遅刻したものの、どうやらウチの子の発表にはまだ余裕があるらしい。
(確か今日の内容は”家族のお仕事作文”だったな)
バッチリとお化粧を決めたご婦人の横によっこらと並ぶと、息子と同じくらいの背丈の少年が、今まさに発表を始めるところだった。
「ボクのお父さんは、山でおしごとをしています」
(へぇ〜、林業か? 珍しい)
一昔前は木を育成するところから伐採するところまでを担う林業従事者は多かったが、この現代ではそう多くはない。”偉いことだ”と思ったところだった。
「お父さんは山に”しばかり”に、お母さんは川にーー」
「こら、森君。それは桃太郎でしょ!」
先生のツッコミにドッーーと教室が沸いた。
どうやら彼はお調子者らしい。教室中に笑顔が溢れた。
*
「じゃあ次、林 翔平くん」
「はい!」
次の子は元気の良い利発そうな子だった。
「ぼくのお父さんは、山でおしごとをしています」
(また山か。多いな)
「すごくお金が入るおしごとです。月になんどか”いらい(?)”があって、山にあなをほります! 人が入るくらいの大きさの穴をいくつも作るそうです! だけど、命のキケンもあっておばあちゃんがーー」
教室が騒つく。それは、つまり、アレだ。
(お仕事というか、汚仕事じゃねーか)
トンデモないのが居た。既に教室のママさん達はヒソヒソ話をしている。そんな中、1人の筋肉質な男性が手を挙げた。
「すみません。翔平の父です。あの......山で絶景秘湯を掘るベンチャービジネスをしています。掘削機は、巻き込み事故もあるので」
周囲があからさまにホッとしたのがわかった。
(ははは。しかし、子供は何を言うかわからないからな。気をつけないと)
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「じゃあ、次。山田 善助くん」
「はい」
(ついにうちの子の出番だ)
「ぼくのお父さんは山で、お仕事をしています」
問題ない。
「山師とよばれる、山を歩きながら金ぞくの入った石を探して、”こうざん”を探す伝統的なお仕事だそうです。うちのおじいちゃんひいおじいちゃんも同じお仕事をしていました。なにもないとみんな思っている山から、金を見つけるのがとっても上手だとシゴトナカマからは言われているそうです」
パチパチパチと拍手が起こる。
(ちゃんと発表出来たな。えらいえらい)
*
【後日、仕事場にて】
「ーーってことがあってな。いやぁ、何も間違ったことは言ってないだろ?」
俺は地下の薄汚れたハコの中でシゴトナカマに話を振った。刺青を頭に入れた巨体のスキンヘッドとガリの指なしがガハハと笑う。
「違いねぇですわ。今日もよくあんな痩せこけた老人が貯め込んでるって見つけたと思いましたよ!」
「親父さんの頃はまだ一応山に行ってたんですっけ?」
俺はジェラルミンケースから札束を取り出していく。
「あぁ。親父は実際に山には入ってたらしいが、せいぜい草の実付けて歩き回った感出してただけだろうよ」
親父は善人のようなフリをして、人様の山に鉱山が眠っているから掘らせて欲しいと話を持ちかけるのが上手だった。手の者に途中まで工事をさせ、機材を置いたまま”資金がなくなったから投資をしてくれないと困る”と話をして、金を貰うとその日のうちに姿をくらましていた。
(懐かしいな)
子どもの頃は俺だって、親がまともな仕事をしていると信じていたものだ。
「お、そういえば。山で秘湯を掘るビジネスやってる奴、金持ってるらしいぜ」
「子どもの言うことでしょう?」
「格好は泥臭かったが、時計がブルガリでボルボに乗ってた。子どもの言うことって案外馬鹿にならねぇんだぜ?」
“授業前に抜かりなく車にGPS付けてきたから”ーーと、俺は受信機を見せた。
「じゃ、次のヤマは林家のばあさんってことで」
「自分、家の周り張ります」
「いざとなったらそのパパが掘ったっていう穴に皆入れちまいましょう」
山は懐が広い。なんだってあるし、なんだって受け入れてくれる。
「さぁて、善助にうちの家系は先祖代々の山師だって、いつバラそうかな」
ーーおわり
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