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日本史上、稀な凶悪犯罪が起きた。時は、1976年1月26日(金)晴れ、午後2時30分頃、大阪市住吉区四菱銀行南畑支店での出来事だ。対応の未成熟さが仇となる今後に参考となる事件だ。
閉店まで30分。そこへ男が駆け込んできた。男の手には猟銃があった。パン、パーン。いきなり乾いた音が響き渡った。男は、天井に向け弾を二発放った。
「静かにせいや、これに5000万円詰めろや、10秒でやれや。殺すぞ」
男は窓口にナップザックを投げ込んだ。窓口の女性は体を逸らし「きゃー」と悲鳴を上げた。行員・牧田剛は行員通用門の前に立っていた。銃声に続き、女性の悲鳴で咄嗟に体が動いた。近くにいた客を外に出し、自身・客を含めて三人が外に出た。行内の行員も非常ボタンを押していた。
外に出た行員・客は公衆電話・近所の喫茶店から110番した。逃げ出せた主婦は偶々、自転車で一人通りがかった警官を見つけ銀行強盗の発生を告げた。
幹部の居る二階に電話しようとしていた窓口係前田洋一さん(20)に気づくと男は、躊躇なく散弾銃を向け二発撃った。一発が命中。もう一発は近くにいた行員の後頭部に当たった。
男が四菱銀行南畑支店を選んだのは、通報から最寄りの警察署から車で三分以上掛かるのを事前確認してからだ。猟銃で脅して、警察が来るまでに5000万円を奪って逃走する計画だった。銀行前に停めた車は、本来なら共犯となるはずだった友人に用意させた盗難車だった。その友人は、「ほら吹きの冗談だろ。逆らうと面倒だから車は用意してやる」と心中思いつつ、その男の計画に賛同はしなかった。関わると面倒なその男は気性が荒く、暴れ出したら見境がなくなることもしばしばあった。
主婦から告げられた警ら係長楠本正巳警部補は、正義感から銀行内に突入した。そこには猟銃を持った男がいた。
「銃を捨てろ」
と楠本警部補は男に銃口を向けた。一発、威嚇発砲した。男は反射的に警部補に発砲。銃弾は警部補の胸に的中した。「110番、110番」と言いながら絶命した。男の計画は、既に破綻していた。警察は通報を受け、すぐさま現場に急行した。最初の通報を受けパトカーで巡査長と前畑和明巡査が現場に到着していた。警官たちが銀行に入った瞬間、撃たれた。前畑巡査は即死した。巡査長は防弾チョッキを着用しており、無事だった。経験と準備の差が明暗を分けた。
事件発生から10分の間に行員一人、警官二人が犠牲となった。この頃、大阪府警は銀行付近の五百mの道路を封鎖して、銀行を包囲していた。犯人の男は、警察官が入ってこないようにシャッターを閉めるように行員に命じた。シャッターが閉まり始めると傍にいた警官が自転車や看板を投げ込んで40cmの隙間を確保した。
その男は、女性行員に命じて射殺した警官から拳銃を奪わせ、手元に置いた。新たな武器を手に入れた犯人は、母親とその子供二人を解放した。何かを得れば報酬を払う。犯人の信条が現れていた。シャッターを閉めた事で日光が入らず、部屋に閉じ込められた。
「もう、逃げられへんか。計画は完璧やったんや。くそっ」
そう思うと上手くいかなかった苛立ちが怒りに点火した。行員をカウンター内に一列に並ばせた。
「責任者は、誰や」
騒ぎを知って二階から降りてきていた支店長が一歩前に出た。
「すぐ金を出さんかったお前の責任や」
と、至近距離から発砲し、責任転嫁し射殺した。その後、行員に二階への通路にバリケードを築かせた。外からの侵入経路をたった達成感から 「病人はおるか」と問い、「妊娠しています」と言う女性を解放した。
午後3時5分。犯人が乗り付けたきた車が発見された。この車は二週間前に三重県四日市市で盗難にあったものだと判明した。午後4時46分。「俺が犯人や。責任者と代われ」と犯人自ら警察に電話。監察官が出ると「もう、四人死んどる。警察が入ってきたらまた殺すぞ」と一方的言い、電話を切った。
この犯人は、銀行・警察を問わず「責任者」に臆病になりつつマウントを取りたがっていた。話せば、打ち負かされる、威嚇だけして自己満足を得ていた。
「もう、あかんわ」。犯人の計画は金を奪う事だけにシフトした。惨事の中、残された客の対応をしていた高齢の行員に、銀行内部や金庫の在り場所を問うが根掘り葉掘りと交わされていた。犯人にとって「そんなことも知らないのか」と馬鹿にされている感じていた。いつもそうだ。「お前、生意気や」と発砲した。男性行員は咄嗟に身をかわし、右肩口への被弾となった。男性行員は痛さに堪えて死んだ振りを命綱とした。何かと言い訳を仕掛けてくる奴はズルを行うと感じると同時に観ていた「ソドムの市」の殺人のワンシーンが思い浮かんだ。犯人は持参した折り畳みナイフを若い行員に「とどめを刺せや」と渡した。若い行員は「も、もう、死んでいます」と機転を利かすが「そんならそいつの耳を切り取ってこい、死んでるなら切れるやろ」と苛立ちをせた。被弾した行員は小さな声で「構わん、やれ」「すいません」とナイフを耳に当て切り取った。被弾した男性は痛みに耐えたが、大量出血から気を失った。若い行員はその耳を犯人の元に持っていった。犯人は、その耳を一噛みするとその場に吐き捨てた。
午後5時56分頃、犯人は男性行員を上半身裸にさせた。女性行員には、「片親のもんと電話係は脱がんでええ。他は全部脱げ」と命じた。怯える女性行員に「ブラウス、ブラジャー、パンティの順番や、分かったら、はよ、脱げや」と凄んで見せた。怯えながら羞恥心を抱きながら脱ぎ始める行員に対して、女性の「強姦される」という恐怖を察したように「俺は遊び人やからオナゴの裸はようけ見てきとる。裸が見とうて脱がしたんやないで。お前らは俺の家来や。家来は殿様の言うことは何でも聞かなあかん。それを誓わせるために裸にしただけや」と脱がせ方で師従関係を明確にし、勝ち誇ったように言い放った。犯人は自分の言うことに従うエリート社員の姿に満足していた。女性の中には、その言葉で救われた思いをした者も少なくなかった。同時に逆らえば、酷い目に会い兼ねないとの不安も芽生え始めさせていた。
犯人は支店長席に座り、その周りに全裸の女性行員を隙間なく並べ、肉の壁を築かせた。犯人は警察に自分用にサーロンステーキ400gの食事を要望する。警察は肉誰たれに睡眠薬を混入しようと試みる苦味で断念した。犯人は、行員に毒見をさせてから食している。人質分は翌日、用意させた。
警察は七個の穴を開け、行内を監視し続けていた。犯人は銃を手放さない。目線も常に周りを気にして隙を作らないでいた。
午前0時45分、犯人の身元が判明した。それは、偶然の賜物だった。岐阜県多治見市で警察官が職務質問をした相手が、「銀行強盗に使われた車は自分が盗んだもの。柿川は自分の小学生時代の同級生」と自供してきた。警察は柿川の自宅マンションを突き止め家宅捜索に。本人不在で犯人を柿川と断定。部屋にはいくつものサラ金からの督促状が見つかった。柿川は警察にラジオを要求するが、状況を知られまいとそれを警察は引き延ばしに掛かった。事件の状況はテレビで生放送されていたが、銀行の一階にはテレビはなかった。やっとのことでラジオを手に入れた柿川昭美は自分の名前がテルミと誤っていることに「俺の名前はアキヨシ言うんや。今度、間違うたら人質を殺すぞ」と怒りを捜査本部にぶちまけた。
警察は母親の居場所を突き止めて現場に連れてくることを決めた。香川県から母親を乗せたヘリコプターは大阪の長居公園に着陸。すぐさま現場に向かった。警察は柿川に連絡を入れ、母親が「もしもし」と呼びかけると返事もなく切られた。
午後2時58分、母親が書いた手紙を柿川に届けられた。柿川は女性行員に代読させた。「昭美、お母さんが来てますのよ。朝のテレビ見て知ったのですが、おまえどうしたこをしたのです。いま、でんわをかけてもらったけど、なんですぐ、きってしまったのか。いまそこにいるおかたを、わけをはなして、母上のたのみですから、ゆるしてあげてください。早くだしてください。母上のたのみです。母より」
柿川は徐に話し始めた。
「俺にはおふくろしかおらんのや。俺は子供の頃からおふくろと一緒に苦労したんや。おふくろは大好きや。一緒に暮らしたいんや…母親に楽させたかった」
母からの手紙を代読させてから、行員に服を着させた。そして負傷者と警官など数名を解放した。また差し入れの代わりに女性客と高齢者を解放した。トイレは一人二十秒以内なら許可を出した。遅れたら一人殺すと言い放った。
一旦、逃げられない現実から逃げ延びて母と暮らせるのではと期待込めて考えを張り巡らせた。俺には借金がある。その借金が母親に行くのは何とか避けたい。法律的に問題が残らないように借金を清算する方法を行員たちに何度も質問し、ある結論に達した。まず柿川昭美の預金口座を作り、そこへ一部の人質解放を条件に500万円を振り込ませるか自分で預け入れる。すぐに全額を払い戻し、人質の行員が借金のあるサラ金各社に返済に出向くというものだった。
行員たちの協力は、危険回避とストックホルム症候群の現われか。ストックホルム症候群は誘拐事件や監禁事件で見られる被害者の心境変化だ。長時間、犯人と一緒に過ごすことで犯人の境遇などを聞き、好意や信頼を抱いてしまうものだ。この事件でも親子や妊婦、高齢者や負傷者を解放している点。差し入れと代わりの人質を解放するなど受け入れやすい行いがあったことが社会の弱者にやさしく、極悪人とのイメージが削がれた貧困による犠牲者として映っていたのかも知れない。
柿川昭美は、工場勤務の高齢での同僚結婚で生まれた。昭美には死産した姉がいた。夫婦はそれだけに貧しくも昭美に惜しみない愛情を注いだ。欲しい物は無理しても与え、問題を起こしても叱ることはなかった。小学生の頃から気性が抑えられず暴力事件を起こし、中学になると窃盗事件を起こす。父親は病気で働けず、母親が朝から深夜まで働いて家計を支えていた。柿川昭美は「何で俺だけが上手くいかないんや」との思いが強くなり、高校に進学するもバイクを盗み自主退学。不良仲間で結婚している兄貴分の元で暮らすも迷惑を掛けられないと強盗殺人事件を起こし、少年院に。少年法で守られ社会に戻ると取り立てやや夜の商売で食いつないでいた。幾人かの彼女も出来た。柿川は嫉妬深く、彼女を全裸にし玄関先に転がすことも一度でなくあった。
事件を起こした当時、篠原真理子と付き合っていた。真理子は中学から不良のグループと付き合い、卒業後、年齢を誤魔化してスナックなどで働いていた。真理子はDV被害を受け、何度も彼氏を代えていた。真理子の男の共通は、夢ばかり見てヒモと同じような生活をしていた。事件前夜、柿川が「今に見てろや、大きいことをして有名になってやるさかい」と真理子に言った。真理子はいつもの事だと聞き流していたがふと、逆らってみたくなった。
「前に付き合っていた男は凄かったで」
「何や」
「聞いて驚くなや、超有名な暴力団の組長をやるためのヒットマンやったんや」
「えっ、なんやそいつ」
「鳴海清や、名前ぐらい聞いたことないか」
「なんやて、あのベラミ事件のか」
「そうや、最後は悲惨やったけどな」
「そ、それがどうした。俺はもっと大きいことをやったるわ」
「はいはい」
柿川昭美は、真理子の言葉をきっかけに計画していた犯罪の実行を決意した。その結果がこの事件だ。
行員の手助けで借金を完済したと思い込んだ柿川は「これで、ええやけや」と呟いた。借金返済に走らされた行員は、警察の突入時の合図役の支持を受けて行内に戻っていた。この時点で残っていた人質は行員の男性7人、女性18人だった。
警察は突入時期を伺っていた。例えば、味噌汁を出した時、左手で椀を取り、口に付けてから右手で箸を取る。この間、1.5秒。ラーメンやメロンは一口入れては左右を眺める、隙なし。新聞は人質に読ませる、隙なし。小便は銃を人質に突き付けながら床に敷いた新聞紙の上に行う、隙なし。服を着ていても肉の壁がそこにはあった。
柿川の一部の望み。それは自分が着ている服と行員のもとを交換し、弾を抜いた空の銃を持たせ、自分は警官から奪った銃を持ち、どさくさに紛れて逃げ出すものだった。それはのぞき穴で確認されていることは否定できず断念した。柿川は服をまた交換した。
午前8時40分、柿川は盾にしていた女性行員にお茶を入れてくるように命じた。柿川は新聞を読み始めた。そこには母親の写真が載っていた。「おふくろ」。睡魔が襲う中、一瞬の隙ができた。人質の壁も壊れている。「今だ」。府警本部警備部第二機動隊・零(ゼロ)中隊(後のSAT)が突入した。突入隊は八発の銃弾を柿川に向けて撃った。その三発が頭や首に命中した。柿川は「殺すぞ」と呻いて倒れ込んだ。
人質は全員救出された。倒れた柿川は、大阪警察病院に運ばれ緊急手術を受けるが、9時間後の午後5時43分に死亡が確認された。
現在の銀行では、狙撃専用の通路や窓を天井裏に作るなどの対策が取られている所もある。
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