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前編
今日の渋谷は昼よりも夜のほうが賑やかなのは言うまでもない。雑踏の中を練り歩いているのは、仮装をした若者たちだ。八神譲二は自撮り棒を持ちながら一緒に写ってくれる人を待っていた。特別な一日を誰かと分かち合いたい。ただ集まるのではなくそこに集まるのには理由があるのか。自分の恰好もただ仮装を楽しんでいるだけでは無いのかもしれない。非日常を味わいたいがための恰好そのものである。
譲二は女装をしていた。暗闇に怪しく光る妖艶な白と黒を基調としたゴシックロリータの恰好を堂々と着こなしている男であった。
センター街から公園通りに出ると混雑していた道から少し離れた場所に抜けた。すると期待していた通り物珍しそうに声をかけてくる人たちがいた。
「ねぇ、一緒に写真撮らせて」
振り返るとミニスカの警察官の恰好をした若い女性二人組が笑いながら楽しそうにしていた。自分に興味があるのは彼女たちだった。
「ああ、いいですよ」
声を上げた途端、彼女たちは少し冷めた顔に戻っていた。これが現実。オカマじゃなくて悪かったな。あくまでも自分は、自分らしくゴスロリを楽しむつもりだ。自前の自撮り棒を片手に、二人組の彼女らと記念撮影をした。
「ありがとー。素敵なハロウィンを〜」
ニコニコと手を振られて、またひとりになる。宇田川町まで歩くとまた雰囲気が変わって、角を曲がると少し怪しい雰囲気になった。爆音を鳴らす車の周囲で路上のみをしている連中がいた。視線を合わせないように素通りをしてみる。だけどきっと自分はああいう男を好んで抱かれたい人とか思っていて、そんな激しい恋に焦がれているのかもしれないんだ。
クラブで流れる音楽にはあまり興味がない。けれども周りで踊ったり酒を飲み交わす男には興味があった。
自分とは正反対の――もしくは似たもの同士の心から危ない恋に惹かれていた。
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