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昼の海はキラキラしていた。
ざぱん、と寄せては返す波の動きをずっと見ていられる。地元の夜の海と違って、シーズンは過ぎても人がいた。
「東京の海、案外綺麗だね」
「ここは神奈川な」
「え、いつの間にか県境跨いでた」
「東京は殆ど砂浜がないから」
深尾の説明に何となく頷く。砂浜のある海へ連れてきてくれたというのは分かった。
「え、貝殻がある!」
足元に絵に描いたような貝殻を見つけて、拾い上げた。その向こうに薄いピンクの貝殻も見つける。もっと先には蟹が走っているのが見えた。
「蟹が横に走ってるの初めて見た……」
「毎回発見が多い」
「蟹捕まえてみたい」
「あーやってみたら」
「今日の夕飯に入れよう」
「やめろ」
結局蟹は捕まえられなかった。
靴を脱いで水際を歩く。今度は靴下を濡らさなかった。深尾も座っていて良いのに、律儀にあたしの後ろを歩いてくる。
手の中にある貝殻を海水で洗っていると、小さいひとつが波に攫われてしまった。
何か飲もうと言う深尾の提案に乗り、どこの自販機に行くのかと着いて行けば、海が見えるお洒落なカフェに入った。
店内はまあまあ混んでいたけれど、窓際の席に通された。男女や友人同士の組み合わせが多い。
頼んだりんごジュースとアイスコーヒーが並ぶ。
窓の外に見える海で親子が遊んでいる。手を繋いで砂浜を歩いている。
「今ここで、死ねたら良いな」
思っていたことが口から出て、思わず深尾を見た。表情を変えず、海に視線を向けている。特に反応がないことにホッとして、りんごジュースを一口飲んだ。
「海が好きなのか?」
「んー、普通?」
「じゃあ、どうしてここ」
深尾の質問に顔を上げる。
「人生で一番幸せだから」
誰がどんなに綺麗な格好をしていても、何かを持っていても、幸せそうでも、楽しそうでも、羨ましいと昔から思ったことは無かった。世の中を恨むことも、何かに怒ることも無い。
あたしには、たぶん、怒りや羨望の感情が欠損していた。
今ここで深尾があたしを置いてどこかへ逃げてしまっても、それはそれでと受け入れる。受け入れられる?
「じゃあずっと、幸せにする」
深尾が静かに言った。その言葉に深い意味なんて無いんだろう。それ以上続けることはなかった。
店を出て、あたしは財布から千円札を掴んで深尾へ差し出す。
「いい」
「ガソリン代とか含めたら、本当はこれじゃ足りない」
「俺が一緒に来てくれって頼んだ」
それはあたしが尋ねたからだ。その千円は取られ、あたしの財布に戻され、千円札を持っていたあたしの手が握られた。
隣に並ぶ。傍から見れば、先程海にいた誰かみたいに、普通に手を繋ぐ二人だろうか。
「だから、まだ一緒に居てくれ」
死が二人を分かつまで。
「うん」
初めて生きていて良かったと思った。
辛くて苦しくて躓いて捨てられ続けて、最後には蹴散らしてしまったけれど。
誰かの言う幸せなんて程遠いだろうけれど。
もう全てが遅かった。
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