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大きなものは持っていけない。持っていけるのは、最低限の服くらいだ。
大きな鞄も見つかったら何を言われるか分からないから、少しずつ学校のロッカーに詰めることにした。お金も一緒に。
進路調査には変わらず地元の就職先を書いていた。変更して親に連絡がいったらと思うと怖くて、誰にも言えなかった。
「携帯持ってねーの?」
「うん」
「バイト先からの連絡は?」
「家の電話を書いてるけどまあ大体毎日行ってるから」
はあ、と深尾は呆れた声を漏らす。
「高いし、何より壊すかどっかに忘れそう」
「ああ……」
「そんなに呆れなくても」
「現代でそんなこともあるのかと。流石に困る」
「案外やってけてるよ?」
「俺が困る」
「どうして?」
放課後、深尾と教室で話していると、担任の先生が入ってきた。
「仲良いのも程々に」
「はーい」
「きみ等、また仲良くなったんだね」
「はい?」
「一時期疎遠だったでしょ」
案外、外からも見られている。先生の言うとおりで、あたしは驚いていた。
代わりに深尾が返答する。
「俺のバイトが忙しかったんで。落ち着いたんで元に戻りました」
「そう。高校の関係は一生って言うからな」
「さっき、程々にって言ったのに?」
「進路、違えるんだろ? 離れるとしんどいぞ」
先生は教卓に忘れたプリントを集めながら言った。
それを聞きながらあたしは想像した。あたしは地元に残って、深尾は東京へ行く。
少し前までは当たり前だったそれが、上手く想像できなくなっていた。
「一生なんで、大丈夫ですよ」
深尾の答えに先生は笑った。
「深尾はよく話すようになったなあ」
「あたしも今同じこと思いました」
「史津は協調性が出てきたな」
「それは、まあ」
自覚はしている。普通であろうとして、それが普通じゃなかったのは分かっていた。
憧れてた。普通の人生に。
「誰も普通な人間なんて居ない。転んだり倒れた時は無理に立とうとしないで、周りの人間に助けを求めても良い」
「……助けを求めた先に、手を振り払われたら?」
「そんなのは人間じゃない。すぐに忘れなさい」
先生は一度も人間じゃないものを見たことがないのかもしれない。
すぐ傍に人間じゃないものがいることを想像出来ないのかもしれない。
忘れる方法よりも、倒す方法を訊いておけば良かった。
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