本編

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***  酷い目眩に会社を早退した。  家で静かに眠れるとも思えず、病院に行ってみた。最近ずっと身体が変て、なんかだるかったり気持ち悪かったり鳩尾らへんが痛かったり。痛み止めを出して貰えればよく眠れるはずだ、という過信があった。  現実は大抵思った通りにはいかない。  検査をすることになり、翌日も休んだ。結果は膵臓がんだった。ステージⅣで、かなり悪いのだと言われた。余命も宣告された。  入院して治療すればそれが延びると言われたけれど、少し考えることにして病院を出た。  家の扉を開けて、足音を立てて家に入った。がちゃんと音を立ててコップに水を注ぐ。この家で自分の生活音を聞いたのは久しぶりだった。 「うルせーンダよ!」  後ろから空き缶が飛んで来て、右肩にぶつかる。  もうどうでも何でも良かった。 「痛い」 「あ?」 「痛いって言ってん、」  言い終える前に打たれた。身体は簡単に壁まで飛んで、縮こまる。本当は全身痛かった。でも、見ないふりをしていた。 「聞こエねーンダよ!」  鳩尾を蹴られ、吐きそうになる。どうせ掃除するのはあたしなんだから、とそれを留まらせる。  殴られて叩かれていつも廊下のゴミ袋の上に捨てられるけれど、今回は違った。口答えされたのが気に食わなかったのか、気付いたら家の外のごみ捨て場にいた。  あの時の、深尾と同じだ。  ふとそんなことを思い出して、暗い闇の中、人も通らないアスファルトを見つめる。  深尾、元気かな。仕事続いてるかな。こちらには一度も帰ってきたとは聞かない。もしかして結婚してるかな。あたしたちの年齢だったら可笑しくない。元気だったら良いな。  もうあたしのことなんて、忘れちゃってるだろうな。  あたしだって、久しぶりに深尾のことを思い出したのだ。深尾だって同じだろう。  深尾のことを考えると涙が溢れた。自分の余命を言われた時にすら涙は出なかったのに。  やっぱり変なんだ、あたし。  ゆっくりと起き上がって、手の甲で涙を拭った。ご近所さんから変な目で見られる前に早く戻ろう。  どこに?  ポケットに入れたスマホを取り出した。あの時、プリペイド携帯から取り出した唯一の番号を表示させる。一度もかけたことはない。通じるとも思わなかった。最後に一回だけ。  コール音が鳴る。こんな時間に、そもそも起きているわけがない。もうすぐ始発が出る時間だ。それに知らない番号からは出ない設定になっているかもしれない。  出るわけがなかった。
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