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『もしもし』
懐かしいその声に、引っ込んだ涙がまた洪水みたいに溢れ出して止まらなくなった。
『あの、どちらさ』
「……っ」
嗚咽が漏れた。
どうして今、どうして出るのか。神様なんていないのに、神様は本当に本当にずっと意地悪だ。
『シヅ?』
深尾は何故かその名前を呼んだ。あたしはスマホを離して涙を拭いた。早く通話を止めてしまえば良いのに、出来なかった。
『どうした』
あの頃と変わらない声色で、深尾は尋ねる。あたしはぐちゃぐちゃな顔で笑ってみた。明るく言うんだ。ひさしぶりって。あたし、もうすぐ死んじゃうんだけどねって。明るく。
「……み、ミオ、ひさし」
声が震える。覚悟が足りない。
スマホの向こうの深尾は何も返さない。気持ち悪い変な奴がかけてきたと思ってるんだろう。
「……たすけて」
名乗ってないのに、助けを求めた。勝手に、助けてほしいって思った。もう限界だった。傲慢でも我儘でも何でも良い。神様なんて一生嫌いだから。
『うん』
「ミオ、た、たすけて。おねがい」
『すぐ行く』
深尾だけがあたしを救ってくれる。
こんな掃き溜めの辛くて苦しい地獄のような毎日から、引き上げて救いをくれる。
声が聞けただけで十分だった。
あたしは日が昇る前に家の庭へ戻った。
誰も整備しないので雑草が伸びきっている。それを掻き分けて、リビングの窓に手をかけた。ここはいつも開いている。あたしの脱出経路だから。
腕時計がずれて、煙草を押し付けられた痕が見えた。見慣れたそれが、なんだか笑えた。必死に隠して、馬鹿みたいだ。
結局、誰も助けてなんてくれなかった。
汚い部屋も殴られた痕も浴びせられた罵声も他人事で、それだけの話で。あたしが死のうと生きようと世界には然程影響はないんだろう。バタフライエフェクトが起きるのは、きっと何千年も先だ。その時、今生きてる人間は一人もいない。
爆弾とか持っていれば良かった。あ、でもそんなことしなくても、あたしもうすぐ死ぬんだった。爆弾みたいなものか。痛む身体を引きずって部屋に入った。
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