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キッチンへ行き、出しっぱなしのフライパンを掴む。
あたしの口から流れた血が床に落ちていた。それを踏みつけて、暗い寝室へ歩み行った。みし、と床が軋む音。
"人間じゃないもの"は、まさかあたしが戻ってくるとは思わなかったんだろう。目を覚まして、怯えたような驚いたような顔をしていた。表情があったんだな、と今更のように考える。
ひゅっと息を吸う音だけ聞こえた気がする。
その頭に持っていたフライパンを振り下ろした。
あたしにも同じ血が通ってるんだろう。
何の躊躇いもなかった。悲しい気持ちも苦しい気持ちも快楽もない。飛び散った血が生温かくて、気持ち悪かった。
動かなくなった"人間じゃないもの"を見て、持っていたフライパンを放すと鈍い音を立てて落ちた。もうこれで料理できないや、とぼんやり考えて寝室を出た。
疲れて眠くて視界が霞む。廊下に置いてあった自分の鞄を見つけて、それを枕にして横になった。
起きたら、警察に行こうか。それともこのままあたしも死ぬまでここで眠ろうか。
同じ家で死ぬのは嫌だな、とぼんやり思った。そのまま眠ってしまった。
目を覚ましたのは、チャイムの音がしたから。この家を尋ねるなんて誰だろう。なんかの徴収だろうか。もうお金ないんだけどな。
続けて鳴るチャイムの音に、あたしは渋々立ち上がり、自分の手が赤黒く濡れているのに気付いた。誰の血なのかもよく分からない。
酷く眠い。なんだか疲れた。フライパンを振り下ろすだけの動作だったのに。
またチャイムが鳴る。
わかりました、出ますって。居留守じゃないんです。ちょっと、考え事していただけで。
誰が居るかも確認せずその扉を開けた。ドアノブを握る手が血で滑る。
外は暗くなっていた。何時間寝ていたんだろう。灯りもつけない玄関先に、人が立っていた。ぼんやりした輪郭に目を凝らす。
「久しぶり」
そう言われて、姿と名前が一致した。
数時間前に電話に出てくれた深尾が、何故かそこに立っていた。
驚いてしまったあたしはただただ呆然とその姿を見ていた。髪は大人しいけれど、身長は変わっていない。当たり前か。高校のときのくだらない会話のひとつひとつを拾うみたいに、懐かしさが襲った。電話をするよりずっと、感情が溢れる。
「ミオ、なんで……」
「行くって言った」
そんなの信じるわけがない。来てもらったって、どうすることもできない。だって、あたしはさっき。
目の前の出来事で一杯だったあたしは後ろの物音に気付くのが遅れた。振り向くのと、深尾に腕を引っ張られたのは同時だった。
バタンと大きな音を立てて扉が閉まった。その扉をガンガンッと何かで叩く更に大きな音が聞こえる。一緒に、吠えるような罵声が降る。
「おいコるァァァ!! てめぇザけてんじゃねェ◯✕▽▲✕◯✕✕✕!!!」
ゾンビ、ではない。
「なんで……殺したのに……」
深尾は冷静にドアノブを掴んで、その扉が開くのを押さえていた。
これ以上は巻き込めない。
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