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「久しぶり」
バイト終わりに近くのコンビニのガードレールに寄りかかっていた深尾を見た。大きな身体を丸めて、スマホに触れている。
「何してんの?」
午後九時を過ぎていた。深尾はよく夜遊びをしているらしい。
こちらを見て、スマホをポケットにしまって同じところから何かを取り出した。それをこちらへ向けて見せる。運転免許証だった。
「免許取ったんだ。おめでと」
免許証から顔を覗くと、穏やかに笑んでいる。表情も少なければ、口数も少ない。昔からだ。
「送る」
「え、でも反対だし遅いし」
「車もってきた」
示された後ろを見ると、コンビニに停められた一台の車。
「早速運転してきたの? 事故ってない?」
「まだ大丈夫だ」
「まだって」
これからはあり得るということなのか。深尾が立ち上がり、その後ろをついていく。大きな背中から顔を出して車を見た。借りたのか家のものなのか、車種とかそういう類は分からず、ただ軽ではなくまあまあ大きめの車だということだけは分かった。
深尾はポケットから鍵を取り出してロックを解除する。
「魔法のポケットみたい」
「ビスケットは入ってない」
「叩いても増えないんだ。残念」
何でも入ってそうだ。ポケットを示すと、深尾は怪訝な顔をして助手席の扉を開けた。
「乗って」
「え、乗って良いの?」
「送る」
再放送のような言葉の繰り返し。とりあえず乗ってみた。知らない匂いがする。
「誰の車?」
「兄貴」
「ミオってお兄ちゃん居たんだ」
「あんまり帰ってこない」
初情報だ。へえ、と返答していると深尾が運転席に座った。大きい身体を上手く収納した、という方が合っている。エンジンがかかり、咄嗟に身構える。思い返してみればあんまり車に乗った記憶がない。
そんなあたしがまさか同級生の運転する車に乗るとは。
考えていると、深尾がこちらに腕を伸ばした。何か取るのかと身を躱そうとしたら、左肩あたりからシートベルトが出される。
「免許取り立てだから」
「そっか、安全確認」
「いや捕まったら嫌だ」
「あ、そっち?」
確かに同級生が捕まる姿も見たくない。あたしは大人しくシートベルトをつけた。
車は思ったよりずっと穏やかに発進して道路に出る。
「ちょっとだけ、死ぬ覚悟はしてた」
「勝手にすんな」
「まあでも、ミオも一緒なら良いかなって」
少しの沈黙。いや半分冗談、と横顔を見る。
「俺も死ぬ想定なのか……」
「死ぬ時は道連れに」
「地獄の底で?」
「ランデブー!」
あたしの言葉に深尾は息を吐くようにして笑った。
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