本編

2/26
前へ
/26ページ
次へ
*** 「久しぶり」  バイト終わりに近くのコンビニのガードレールに寄りかかっていた深尾を見た。大きな身体を丸めて、スマホに触れている。 「何してんの?」  午後九時を過ぎていた。深尾はよく夜遊びをしているらしい。  こちらを見て、スマホをポケットにしまって同じところから何かを取り出した。それをこちらへ向けて見せる。運転免許証だった。 「免許取ったんだ。おめでと」  免許証から顔を覗くと、穏やかに笑んでいる。表情も少なければ、口数も少ない。昔からだ。 「送る」 「え、でも反対だし遅いし」 「車もってきた」  示された後ろを見ると、コンビニに停められた一台の車。 「早速運転してきたの? 事故ってない?」 「まだ大丈夫だ」 「まだって」  これからはあり得るということなのか。深尾が立ち上がり、その後ろをついていく。大きな背中から顔を出して車を見た。借りたのか家のものなのか、車種とかそういう類は分からず、ただ軽ではなくまあまあ大きめの車だということだけは分かった。  深尾はポケットから鍵を取り出してロックを解除する。 「魔法のポケットみたい」 「ビスケットは入ってない」 「叩いても増えないんだ。残念」  何でも入ってそうだ。ポケットを示すと、深尾は怪訝な顔をして助手席の扉を開けた。 「乗って」 「え、乗って良いの?」 「送る」  再放送のような言葉の繰り返し。とりあえず乗ってみた。知らない匂いがする。 「誰の車?」 「兄貴」 「ミオってお兄ちゃん居たんだ」 「あんまり帰ってこない」  初情報だ。へえ、と返答していると深尾が運転席に座った。大きい身体を上手く収納した、という方が合っている。エンジンがかかり、咄嗟に身構える。思い返してみればあんまり車に乗った記憶がない。  そんなあたしがまさか同級生の運転する車に乗るとは。  考えていると、深尾がこちらに腕を伸ばした。何か取るのかと身を躱そうとしたら、左肩あたりからシートベルトが出される。 「免許取り立てだから」 「そっか、安全確認」 「いや捕まったら嫌だ」 「あ、そっち?」  確かに同級生が捕まる姿も見たくない。あたしは大人しくシートベルトをつけた。  車は思ったよりずっと穏やかに発進して道路に出る。 「ちょっとだけ、死ぬ覚悟はしてた」 「勝手にすんな」 「まあでも、ミオも一緒なら良いかなって」  少しの沈黙。いや半分冗談、と横顔を見る。 「俺も死ぬ想定なのか……」 「死ぬ時は道連れに」 「地獄の底で?」 「ランデブー!」  あたしの言葉に深尾は息を吐くようにして笑った。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加