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「ミオに出会えて良かったな」
ベッドに横になり、史津が呟いた。深尾へ向けた言葉というよりは、半分ぼんやりしながら口にしたようだった。
薄暗くした部屋にはカーテンの隙間から街灯が差し込んでいた。布団に横になろうとしていた深尾が史津を見る。
「それは、どうも」
「照れてるの?」
「返事が見つからない」
「卒業してから暫く、あたしがあのまま切符を忘れずに一緒に東京行けてたらどうだったんだろうって考えてた」
部屋が暗くて良かったと、お互い思っていた。
続く言葉を深尾は待ち、史津は口を開く。
「そんな未来が無かったから、今があるんだけど」
明るく史津は言った。
「今があれば良いだろ」
「ミオは本当に、優しいね。きっとあたしと出会って人生狂っちゃったんだけど」
「そういう」
「うん。でも、死んでもまた、地獄で待ってるね」
瞳の色はわからなかった。
ただその言葉に笑い、深尾は返した。
「地獄の底で?」
「そう、待ち合わせね」
合言葉のように唱え、史津は眠り、そのまま起きることはなかった。
綺麗な死に顔に、深尾は息を確かめた。ここへ来る途中も何度か同じことをしたのを思い出す。
「シヅ」
呼びかければ目を擦りながら起き上がりそうな。そんな気配はない。
幾度も拭った涙の痕は無く、少し乾燥してこけた頬に指を滑らせる。
悲しみや怒りや悔しさより、喪失感が大きかった。
世界が終わったんだな、と思った。
世界が終わっても、深尾は出社した。
「深尾、なんかあったか?」
隣に座る先輩から尋ねられる。そちらへ視線を向けた。
「いえ」
「有給たまってんだろ、疲れてんなら使えよ」
今朝、史津が亡くなったんです。そう言える相手がここには一人も居ないことに気付いた。地元にも何人いるか分からない。そんな場所に連れてきてしまったのだと深尾は今更気付いた。
もし卒業と同時に一緒にこちらへ来ていれば、違っただろう。確実にそれは言えた。
でももう、関係ない。死んだ史津のことを考えるのは、生きてる深尾しか居ないのだから。
「ありがとうございます」
「あ、深尾。羽須美ちゃん知らないか?」
入口の方から同僚に尋ねられ、顔を上げる。
「まだ来てなくてさ。遅刻かね。連絡きてない?」
「いや、こっちには何も」
「無断欠勤かなー」
何度かあったらしい口ぶりに、深尾は携帯を確認した。史津からのメッセージの有無も一緒に確認していることに気づき、それから手を離した。
結局、羽須美は職場には来なかった。深尾は久々に残業して帰路につく。史津をどうしようかと考えた。
警察を呼べば、父親のことも芋づる式に明るみに出るだろうか。出ることは別にどうでも良いが、史津がどこかに取られて、父親と同じ場所に眠らされるのは避けたい。
だからといって、ずっとベッドに眠らせておくことは出来ない。
海が良いと言っていたから。骨だけになったら、海に連れて行こう。
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