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目を覚ますと、辺りは明るかった。朝になったんだと本能的に考えた。怠惰な人間に、なんの本能が残っているのだろう。食欲、睡眠欲、性欲。あとは、何が。
同じ体勢で眠っていて、左半身が痛かった。腕が痺れている。
隣を見ると深尾の姿が無かった。どこに行ったんだろう、という不安と、どこか安堵が広がる。
あたしを置いて、遠くに逃げくれていたら。
車は拓けた駐車場に停められていた。通行人が同じ方向へ進んでいく。向こうに何かあるのかな、と身を起こしていると運転席の扉が開いた。黙ってそちらを見ると、深尾が戻っている。
腕にはペットボトルと白いビニール袋。中にソースの匂いのするものが入っているのだろう。車内が一気にその匂いで充満した。
「ただいま」
深尾も起きているあたしに漸く気付いたようで、少し驚いた顔をして言った。
「おかえり」
反射的にそう返す。
「これ、飲み物すきなやつ。こっちは食べ物、好きなやつ」
すきなやつ、は、好きなものを取ってという意味らしい。あたしは差し出されたペットボトルからお茶を手に取る。
「ここ、どこ?」
「談合坂のサービスエリア」
談合坂がどこなのか分からない。サービスエリアは知ってる。バイト先のテレビで、可愛いモデルさんがサービスエリア限定のソフトクリームを食べて、美味しいと言っていた。
貰ったお茶を一口飲む。思ってたより喉が乾いていたみたいで、ごくごくと半分ほど飲み干した。
「焼きうどん、食える?」
深尾がビニール袋の中身を差し出す。お箸が二膳ついている。透明なパックの中には茶色く炒められたうどんやら野菜やら肉が入っていた。肉の筋が目に入り、すっと目を逸らす。首を振った。
「じゃあこっち」
膝の上にぽんと大きなメロンパンが置かれた。談合坂サービスエリア限定と書かれたシールが貼られている。美味しそう。
久しぶりに感じた空腹感にその袋を開けた。ふわりと甘く香るパンの匂いに、小さく息を吐く。
「談合坂って何県?」
「たぶん、山梨」
「今、何時?」
「夕方の五時。シヅが寝てから十二時間経つ」
正しくは十二時間以上経っている。
「ごめん……」
「何回か息があるか確かめた」
深尾を見た。
誰の? と、喉に声がひっかかる。
「シヅの息を」
その答えに安堵する。
息があったらどうしよう、と思った。
「死んだように寝てたから」
「生きてる。深尾がきてくれたからね」
じっと深尾はこちらを見る。目つきが悪いとよく上級生に絡まれていたその睫毛が実は長く、あたしは密かに羨ましいと思っている。
「その言葉、そっくりそのまま返す」
静かに深尾は言った。割り箸を咥えて割り、焼きうどんを啜る。あたしもそれに倣って、メロンパンを千切って口に入れた。
「深尾はもう来ないと思ってた」
ゆっくりと咀嚼する。じわりと人工甘味料が舌に広がる。流石にソースの香りに酔いそうになったのか、深尾は窓を開けた。
少し湿った風が入る。これくらいの夏の終わりだった気がする。最初に深尾と話したのも。
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