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目を覚ますと眠っていたことを知る。いつ眠ったんだっけ、と思い出せない。一番はっきりしているのは談合坂のサービスエリアでメロンパンを食べたことだけだ。
頭と身体が重たい。まだ車の中にいた。少し土の匂いがする。雨が降っていて、辺りは暗くなっている。フロントガラスを右往左往するワイパーなんて意味も成さないくらいの雨。拭った隙間に見える世界が現実かどうかなんて、あたしには判断がつかない。
運転席には未だ深尾が座っていた。腕をハンドルに乗せて前を見ている。
雨の隙間から赤信号が見えた。
「ここ、」
話しかけると、深尾の視線がこちらに向いた。
「どこ?」
口がまだ寝ぼけているようで、もにゃもにゃとした話し方になる。
「町田」
「まちだ」
「東京都」
え、と身を起こす。思っていたよりもゆっくりとした動きで。
あたしは雨の視界を見つめる。
「どうした」
「東京タワーどこ?」
「流石に見えない。雨降ってるし」
「東京都なのに……?」
「偏見だ」
笑う気配。
青信号に変わり、車が発進する。
雨が降っていてもわかる。地元よりずっと灯りの数が多い。目元を擦ると口元の傷が痛んだ。
東京タワーは見えないらしい。
「俺の家が近くにある」
「うん、じゃあ、あたしは」
地元にはたくさん山がある。だから土の匂いもすぐに分かった。土と、汗と、煙草の匂い。あたしの服にしみこんだ煙草の匂いも、この無臭の車の中では目立つ。
深尾を見る。それから、振り返った。振り返るのが怖かったのに。後部座席には深尾の上着と、あたしの食べかけのメロンパンが入ったビニール袋。
く、と喉の奥が鳴る。また赤信号に捕まった。車の扉を開こうと取っ手に手をかけるのと、深尾があたしの肩を掴むのは同時だった。
「どこにやったの」
「シヅ」
見なくても分かった。
「どこに埋めてきたの」
トランクに積んだスーツケースごと無いことが。
「知ってどうする」
「拾いに行く」
「火葬でもしてやるのか?」
「もしあたしもミオに嫌疑がかけられた時、埋めた場所をミオしか知らないことになる。それはおかしい」
「あの部屋を訪ねるような人間は居ないんだろ。そもそも居ないことに誰も気付かない」
「でも、ミオのこと、これ以上巻き込んで」
「俺が殺したんだ」
肩から手が離れた。腕を掴まれ、緩やかに姿勢を戻される。いつの間にか青になっていた信号が、また赤に変わってしまった。幸いこんな時間に走っている車は近くにない。雨もパラパラと軽くなっていた。
あたしも扉から手を離す。
「お前の父親は、俺が殺した」
深尾は繰り返して言った。
「だから、頼む。俺と地獄まで一緒に来てくれ」
それは間違っていた。
あたしの居る地獄まで来てしまったのは、深尾の方だ。
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